時代の気分 Market Scope vol.168 Apr. 2011  文:石丸 淳

大震災に一般人が思ったこと

本当に胸の痛む巨大な災害が起こってしまった。自然の猛威に我々人類は為す術もなく、ただただ呆然とするしかなかったのだ。東北の太平洋岸沖、三陸沖というのはこれまでも数十年おきに大地震と津波が襲っていて、明治、昭和と、その地方の人々に記憶されていた。だから自治体を始めとしてその備えはある程度されてきていたが、「東日本大震災」のは遥かにその備えを凌駕していたのだった。TVで流れる映像はあまりにショッキングだ。

マグニチュード9.0とされた地震には、恐らくかなりのものが耐えたのだと思う。しかしその地震が引き起こした津波が未曾有の災害を引き起こしてしまった。何しろ沿岸部に暮らす人々の生活の全て、住居も仕事も何もかもを流し、浚って行ってしまっている。彼らは住む家を失っただけではなく沿岸部、それも水産業、水産加工業がメインとなる地域を襲われた訳だから、船、港、市場、加工場といった地域の産業を含むすべてに壊滅的な被害を受けた。さらに津波は大きく陸地に押し寄せ、沿岸部の石油精製施設や農業、鉄鋼、電子部品や自動車部品の生産拠点にも被害を及ぼした。

被害については地震以来、連日のように報道されているからここに詳しく記すまでもないのだが、それを伝える報道にもいろいろなことを考えさせられた。始めの頃は、とにかく必死な感じが読み取れて、それはそれで被害の大きさを伝えていたのだと思うが、あまりに冷静さを欠いている例が多く見られた。ベテランのキャスターも「今ここで私は活躍をする」とばかりに、あまりに前のめりになっていて、おかしなことを言ったり、言葉を選んでいるようでいて無神経なことを言っていたりしたのだ。
一方で、最近ニュースを担当するようになった若手の局アナが非常に冷静に事実を伝え、その落ち着きぶりに驚いたりもした。また地震や津波のメカニズムを解説するために用意された研究者や災害対策従事者などにも、きちんと話が出来る人とそうでない人との差が大きく、物事を伝えるのには本当に言葉が大事なのだということを再認識させられた。これはもちろん話の上手い、下手というだけのことではない。加えて言葉の力、伝える力にもセンスが必要なのだと気付いたのだった。もっとも研究者にそれを求めるのも難しいのだが。

そして何よりその津波で大変な事態となっているのが福島の原子力発電所である。これを書いている現在(2011年3月20日)、全く収拾をみていない。石油依存からの脱却を掲げ二酸化炭素を排出しない低炭素電源として、時代は原発へ向いていたのだが、原発推進派には冷や水をぶっ掛けられた展開である。こちらの場合も、TVで当初解説をされていた方々の説明があまりに言葉不足で判り難く、またご高齢の方が多かったこともあって、もしかすると「原子力発電」というのはもう旧い時代のものなのか、と思わされた。
日が経つに連れ、もっと若い学者や研究者が出てくるようになって大分マシにはなったが、やはり伝えることの大事さを重ねて考えた。それにしても東京電力の稚拙さ、そしてまるで政治家のように一般の人をなめたような態度には憤りを感じざるを得ない。今頃、悪者捜しをしても意味のないところだが、初動にしても政府との連携にしてもすべてが遅きに失した感が強い。元々親方日の丸を無理やり民間企業にしてこの体たらく、ライフラインのインフラとして緊急時にすぐさま政府管轄となるべきではなかったのか。
ゃあ今の政権が上手くハンドリングできたか、というとそれも同じように稚拙だから期待薄は出来ない。
そもそもこうした事態を招いているのは東京電力がまったく制御できていなかった、ということで、「想定外」などという言い訳は沿岸部の地方自治体とは違って、間違っても口にしてはいけないだろうと思う。全く以てフェイル・セーフが用を為さなかったというのは、備えが薄い。何かが起きた時に与える影響が大きなことは誰でも知っているではないか。東京電力の責任はあまりに重い。

それにしても日本にいたガイジンたちの動きは速かった。原発事故の報を受け、翌週の頭には続々と本国へ帰国、あるいは関西など遠方への避難が始まっていた。大使館の閉鎖は言うに及ばず、ファッションブランド企業でも日本法人へ出向している役員などはさっさと本国へ帰ってしまい、銀座の路面店も早々と閉じてしまった。本国ではそれらのブランドの株価があっという間に下落して、彼らも大変なところに追い込まれたというから、まだ日本もそんなに売り上げで影響を与えているのかと、それはそれでちょっとした驚きだった。
自動車メーカーもメルセデスやBMWがそうした体制を敷いていると聞き及んでいたが、先日ポルシェ・ジャパンに用があって広報に電話をすると、本国から「出社してはならない」と禁止命令が出ている由。だがそうは言ってもそれでは全く仕事にならないため、内緒でそーっと日本人社員の3分の1ぐらいが出社しているそうである。さすがにファッションブランドも商売をまったく止める訳にもいかず、その後は10時から16時までで開店するなど様々な試みが行われているようでもある。

オペラなどコンサートや興業も同じように退避する例が多くみられる。フィレンツェ歌劇場も公演途中であったにも関わらず、フィレンツェ市長から帰国命令が出るなど、迅速な対応があった。こうしたヒステリックな行動を取るのはアメリカ人かと思っていたが、なぜかヨーロッパ人たちであった。彼らに大きな影を落としていたのはチェルノブイリ原発事故の記憶なのだ。多くの国が地続きであるヨーロッパ大陸で起きた事故は近隣諸国に大きな被害を与え、人々の心に傷を残しているからに他ならない。
災害が報じられて、多くの国から災害援助隊が日本にやってきたが、やはり放射能の危険が報じられるやすぐに帰国してしまうという残念な例もあった。ドイツの救助隊なども逸早く来日、大変な思いをして災害現地に到達したのだが、その移動している間にドイツ政府から帰国命令が出たようで、着いた途端に現地でスイスから来ていた救助隊と遭遇、握手をしただけですぐに帰国の途に就いたという。なるほど、それで海外の救助隊の活動があまり報道されないのか、と妙に納得するのも寂しい気持ちではある。

今回の事故の報道で一番問題となったのは放射線量と被曝の単位であり、その単位の尺度、解釈というものが、危機管理の中できちんと設定されていないことが露呈したことだった。だから食品や水が汚染した時の説明が二転三転したり、要を得ない説明が横行する。するとITの発達した現代においてはツイッターなどですぐにデマ、流言飛語の類があっという間に広がってしまう。特にツイッターを頻繁にやっている人種などが、いい加減な知識ですぐに発信してしまったりするから始末に悪い。
前述の東京電力や政治家たちのように、「どうせ説明しても一般人には理解できないだろう」となめてかかっているのも、問題の根底にある。元々、東京電力や原子力発電の関係者たちに見られる、情報の隠蔽体質やこうした態度は、かつての東海村の事故を例に挙げるまでもなく、原子力そのものもなめていたのだ。またディスクロージャーということで言えば、情報の開示をきちんと求めるのであれば、我々一般人もきちんとその情報を受け止められるだけの知識を持たなければならない。買占めに走るといった民度の低い行動など以ての外である。

政府や原発関係者も国民のパニックを恐れているのだろう。しかし、知識を持って正確な情報の開示を求めたい。そうすればパニックにはならないで冷静に判断できるのだ。放射線問題も今では、そうした大人の判断が求められる段階なのだ。しっかり理解できていれば、その段階に応じて落ち着いて被曝量を最小限にするということが出来る。下手をすると、あたふたと本国へ帰って行ったガイジンがヨーロッパ線の飛行機で受ける放射線被曝量の方が日本にいるより多かった、という笑えない事実になる可能性が高い。

この先、その産業構造を見直さざるを得ない程の甚大な被害地域の再生には、大変な規模の復興支援を国を挙げてしなければならないだろう。それをこの国の政府は果たしてできるのだろうか、かなり気がかりではある。とにかく日本経済が相当なダメージを受けたことは間違いなく、気分としてさらなる停滞を招いている。都内でも街中ではとても消費をする気分ではないようで、飲食店など特にその影響を受けているように見える。このままではギリギリのところで生き延びてきた飲食店や商店が力尽きてしまいそうだ。
復興のためには経済、つまりお金を動かさないとならない。我々も可能な限りその経済を支えるために、消費という形で復興に参加すべきであろう。そしていつの日か三陸の海産物が市場に出回るようになったら、それには積極的にお金を使おうではないか。復興を目指してこの閉塞感を打ち破るのが我々に課された使命なのだ。そして、亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、被災者の方々には明るい明日に向かっていく力を持ってもらいたいと願うばかりである。