時代の気分 Market Scope vol.170 Jun. 2011  文:石丸 淳

日本のモノ作り、その光と影

未曾有の大震災の影響がここまで大きくなるとは思ってもみなかった。東北の太平洋沿岸部には、もちろん三陸を始めとした豊かな漁場に支えられる漁業、水産加工業、そして農業があった。しかし、流通拠点となる倉庫、そして様々な一次・二次の産業もその生産拠点を構えていたのだった。それらが被災した結果、流通以前に生産そのものが出来なくなっているものが多数見受けられた。当初から言われていたペットボトルのキャップ生産が充分に出来ず、ペットボトル飲料が生産できないなど、5月を迎えても未だ店頭に並ぶ商品が少ないものがある。

筆者が愛飲していた野菜ジュース(唯一のビタミン摂取源)もその類で、どこを探しても見つからず、楽天やアマゾンで探しても、すべてが売り切れ、入荷未定だった。そこで、メーカーに直接メールして問い合わせてみると、待つこともなくリプライがあり、契約農家、工場、包材工場が三つ巴で被災し、1か月半も生産が出来ないのだという。その後、市場にやっと出回るようになったのだが、そういった理由で品薄状態のものが他にもまだあるようだ。

中でも日本の基幹産業でもある自動車産業に与えた影響は、これまでの歴史でもあらゆる事象を凌駕する規模となってしまった。クルマは、その構成部品の数が大変多く、たった一つ部品が無いだけで生産に支障をきたす。それが昨今のトヨタご自慢の“かんばん”方式が、低コスト競争に憑りつかれた殆どの自動車メーカー、しかも自動車産業にとどまることなくあらゆる産業メーカーに浸透してしまった、部品在庫を最小限とするこのシステムが仇となった形である。
かくして日本の基幹産業の生産工場が止まってしまい、未だ完全に回復することが出来ていない。

現代のクルマは、その殆どの制御を電子的に行うため、その半導体などの電子部品メーカーが被災すればクルマは造れなくなるという構図だが、その世界的シェアが70%にもなれば、問題は日本だけには留まらない。電子部品だけでなく、金属加工業なども海外へ供給はかなり有り、欧米の自動車工場までが停止してしまった。クライスラー然り、フォード然りである。一番驚いたのはクライスラーが、黒色塗装の受注を中止したことだった。なんと黒色塗料の元となる顔料が日本からのものだったのである。

この他、国内シェア70%を持つ鋼板の亜鉛メッキのための亜鉛メーカーや金属加工メーカーの被災など、自動車産業だけではなく家電メーカーなどにも大きな影響を及ぼした。こうした状況を考えると、日本のモノ作りはまだまだダメになった訳ではないということが見えてくる。日本ならではの技術力でモノを生み、その生産を支えている訳だ。よく考えてみれば、Appleの初代iPodも裏側の金属パネルは日本の技術でしか生産できないなど、日本のモノづくりによって成り立っているのだ。

元々、金型の制作技術など金属加工技術は恐らく日本が一番優れているのだ。世界の生産工場として経済を発展させてきた中国やその他アジアの国々、またこれからそういった場になるであろう中東やアフリカ諸国に、なかなか真似の出来ないこと、それが日本の技術力だ。どんなに世界が狭くなって、他国の技術力が発達しても追随を許さないと思う。それはきっとこの国の国民性である“オタク”体質によるものだと思うのである。だからこの国が発展してきた道は、他の国とは違うのだ。日本の技術はまだ捨てたもんじゃないのだ。

他にも前述の塗料用顔料のように、実は日本で生産されているものも多くある。日本に輸入されていて誰でも知っている有名なミントも、密かにそのパッケージをカルネ通関で日本に運び入れ、歴史のある有名口中清涼品メーカーがその中身を生産してパッケージ封入し再び本国へ送り返している。こうしたコストを顧みないことをしている事実をフォアダーの友人から聞いた。その後カルネはどう処理するのか、ちょっとした疑問を覚えるのだが、実際にエアーで余計に一往復させているのだからすごい。

素晴らしい技術力の一方で、何が問題かというとやはり人件費なのだ。かなりの製造メーカーがそのコストを下げるために生産拠点を海外に移してきた。加えて、この長期化する、というより高値安定してしまった為替レートである。自動車産業だけで考えれば、環太平洋経済連携協定(TPP)の恩恵が将来的に約束されているにもかかわらず、メーカーはさらなる海外生産を進めて国内の生産を縮小する方向にある。しかしグローバルということは、皆同じになることを目指している訳だから、安い人件費を求めて世界を彷徨っても何れは安いところがなくなってしまうはずなのだが……。

震災後、現実に国内でさえ新たな枠組みが生まれつつあるが、製造工場、あるいは仕入れ先を中国、韓国、台湾などの海外に分散させ、非常時リスクを減らす方向にシフトし始めている。経済行為である以上、極力自社の生産、利益を守らなければならず、被災地の復興を待っていられないからだ。被災地の復興が始まる中で、この辺りを相当真面目に考えないといけないだろう。日本の産業構造を転換するにも、ある意味でいいチャンスなのかもしれない。

先日、3大ハムメーカーのひとつに勤める友人に聞いたところによれば、やはり包材を生産する大手印刷会社の東北工場が被災したため、地震直後から止むを得ず他の印刷会社へ振り替えたと言う。原稿を再び制作するのはもちろん、包材素材の同じものが入手できず、リサイクルマークに至るまで仕様変更が細かく続いたらしい。殆ど一からやり直す苦労を味わったようで、もう元へ戻すことはないだろうと言う。この会社のケースはほんの一例であり、こうしたことがそこここで見られており、まだしばらくは混乱が続くだろう。

小学生の喧嘩みたいなことを繰り返すことしかできない今の三流政治には何も期待しないが、水産業や農業も含め、今後の日本の産業構造を政府主導で明確なヴィジョンを示さないと、日本経済はどうなってしまうのか本当に心配だ。海外に生産拠点を移すということも、技術移転など日本ならではのものを放出しなければならないことも、国内経済に与える影響は計り知れないのだ。