時代の気分 Market Scope vol.171 Jul. 2011  文:貴田 マリ

オンカロ

東日本大震災の影響で、震災を連想させる映画の公開が延期される中、放射性廃棄物問題を正面から描いたドキュメンタリー映画、「100,000年後の安全(原題 INTO ETERNITY)」が3ヶ月近いロングランを続けている。マイケル・マドセン監督により、2009年に製作されたこの作品の日本公開は今秋の予定だったが、福島原発の放射能汚染事故をきっかけに4月2日から緊急公開され、上映2週間後には全国での公開が次々と決まった。
渋谷の片隅のミニシアター「アップリンク」での公開当初には、平日午前中の回にも整理券が出るほどの人気で、人々の原子力問題への関心の高まりがうかがわれる。

この作品は、フィンランドが建設中の世界初放射性廃棄物最終処理場「オンカロ(ONKALO)」がテーマである。「オンカロ」とはフィンランド語で“隠し場所”を意味する。オンカロは、フィンランドの首都ヘルシンキから西に240km、オルキルトという小さな島の地中深くに建設中である。18億年前にできた“安定した”岩盤を地下約500mまで掘り、そこに巨大な地下都市規模の貯蔵施設をつくり、原子炉から取り出して数十年間冷却した使用済み燃料棒などをここに貯蔵する、高レベル放射性廃棄物の永久地層処分場である。
作中でマドセン監督は次のように語っている:

昔々、ヒトは火の使い方を学んだ。
他の生物ができなかったことだ。
そして世界を制服した。
ある日、新しい火を発見した。
消せないほどの強力な火だ。
ヒトは宇宙の力を得たと悦に入った。
そしてゾッとすることに、新しい火に破壊力があることに気づいた。
大地と生き物を焼き殺すことができるのだ。
自分の子供や動物、作物まで灰にする。
ヒトは助けを求めたが助けはなかった。
そこで地球の内部、奥深くに埋葬室を作った。
火はその場所で、人知れず永遠の眠りにつく。

放射性廃棄物を処分するには、ロケットで太陽に撃ち込んだり、海底に埋めるなどの方法も検討されてきた。しかし、ロケットが発射台で爆発しないとは保証できないし、海底処分も絶対安全とは言い切れない。あらゆる生命の源である海が汚染された場合、生態系に影響が及ぶ可能性がある。結局、人類にとって安全な方法は、地下に埋める地層処分が最も好ましいということが、国際的な共通認識となっている。

オンカロの完成は100年後の22世紀、そしてこの廃棄場が一定量に達するのは200年後とされている。この時オンカロの入口は封鎖され、プルトニウムの半減期24,100年の少なくとも5倍、つまり放射性廃棄物が生命にとって無害になる最低10万年間は、二度と開けてはならないのだ。願わくは永久に忘れ去られること。そのためにはオンカロ封鎖後に、工事開始前の状態に限りなく環境を戻すことまでが含まれている。

オンカロに関わる学者や専門家の最大の懸念は、いかに10万年後の世代に“ここは近寄ってはならない場所”と伝えることだ。
10万年後の世界を想像できる人はいない。過去に遡り10万年前と言えば、人類(ホモ・サピエンス)がアフリカに留まっていた時代だ。人類の祖先ネアンデルタール人の出現からは1万年しか経っていないし、ピラミッドやパルテノン神殿は、過去数千年の出来事に過ぎない。今から10万年後には、どのような人類がどのような文化を築き、どのような言語を話しているのだろう・・・

地球は6万年に一度氷河期を迎えることを考えれば、私たちの直系の子孫が10万年後に生存しているとは考え難い。DNAの断片的な類似だけの、高等動物に進化しているかもしれないし、核戦争で絶滅しているかもしれない。そのような未来の人々に、どんな方法で21世紀の人々の思いが伝えられるのか・・・
オンカロを企画し設計した学者や専門家たちの間でも、オンカロの存在を後世に伝えるべきか否かで意見が分かれている。

  • 10万年もの間、人類がこの場所は危険だと警告し続けることができるのか?
  • 全く忘れ去られるよう自然のままに放置するか、あるいは標識などの警告をたてるべきか?
  • 遠い未来のためならば、ギリシャ神話のように伝説として語り継ぐべきではないか?
  • 何らかの印があれば未来の人類が“宝探し”と思い、放射性廃棄物を発掘し、命の危険にさらされるのでは……、 だからそのままに。

これらの言葉からは、オンカロに関わる人々の次世代への優しい思いと、人類存続への願いが溢れている。そしてそこには、フィンランド人の物事に取り組む基本的な姿勢が見られる。
私たちにとってフィンランドはサンタクロース、ノキア、ムーミンなどに代表されるのどかな北欧の国だが、オンカロ計画はフィンランド流の象徴とも言える。将来に起こりそうな問題を予測して事前に処理する。その方が起こってしまった後で対策を講じるより、遥かにコストが安くすむ。すなわち“予防すること”や“未病を治すこと”である。
放射性残留物が起こす問題を先取りして、出来うる限りの対策を講じる姿勢には敬意を払わざるを得ない。

2011年6月現在、フィンランドに次いで処分場選定が進んでいるのはスウェーデンであり、出力数世界2位のフランスも候補地域に特定した。稼働中原子炉104基、出力数世界1位の米国ではネバダ州ユッカマウンテンに最終処分場の建設計画が進められていたが、2010年にオバマ政権が白紙撤回し、代替案が検討されている。ちなみに、米国環境保護庁は放射線防護遵守基準期間として、100万年を高レベル放射性廃棄物処分場に適用している。
日本では原子力発電環境整備機構(NUMO)が、高レベル放射性廃棄物の最終処分事業を担っている。NUMOは2002年から処分地選定のための調査地区を公募し、2003年中旬には操業予定だったが、いまだ候補地は決まっていない。

日本は使用済み燃料を再処理する方針を採っており、国内で再処理工場が稼働するまでの経過措置として、使用済み燃料の再処理の大部分をフランスとイギリスに委託してきた。約7,100トンの使用済み燃料が両国に搬入され、回収されたウラン、プルトニウム、ガラス固体化された高レベル放射性使用済み燃料が、海上輸送により1995年から順次日本に返還されている。このうちガラス固体化された高レベル放射性廃棄物は、青森県六ヶ所村の高レベル放射性廃棄物貯蔵センターに運ばれ、冷却のため一時貯蔵される。返還ガラス受け入れ実績は、返還輸送の第1回(1995年)から第13回(2010年)までの累計で1,338本となっている。
六ヶ所村再処理施設は2007年8月から操業開始予定だったが、トラブルが多くまだ本格操業には至っていない。しかし貯蔵施設受け入れ容量3,000トンに対し、すでに2,800トンが運び込まれ、ほぼ満杯状態にある。日本の原発から出る使用済み燃料は年間約1,000トン。もし再処理工場が本格稼働しても処理能力は年間800トンなので、200トンが毎年残ることになる。すでに各原発内の貯蔵プールや乾式キャスクでも、数十年にわたる貯蔵量がある。
青森県むつ市には、2012年に操業予定の中間貯蔵施設が建設中だが、東日本大震災後、本格工事が中断されている。これを建設・運営するのは東京電力と日本原子力発電が出資するリサイクル燃料貯蔵株式会社で、約26ヘクタールの敷地に3,000トンの使用済み燃料を保管する。保管期間は50年、将来はさらに2,000トンを増設する計画である。

日本での最終処分場建設に関し、経済産業省は高レベル放射性廃棄物の最終処分候補地への地域振興として、国の電源三法交付金制度を適用対象としている。文献調査に応募した市町村およびその周辺地域に対し年間10億円(期間内限度額20億円)、概要調査地区に対し年間20億円(期間内限度額70億円)が交付される。2007年に高知県安芸郡東洋町の町長が、住民や議会、周辺地域や高知県知事らの強い反対を押し切って応募し、NUMOがこれを受理して経済産業省に調査計画を申請し、3月に立地調査地が認可された。しかし翌4月の町長選で前町長が落選し、反対派の新町長が応募を撤回したため計画は白紙に戻った、というドタバタも演じられた。東洋町のほかには応募した自治体が無いので、今のところ最終処分場に関しては何の目処も付いていない。原発推進路線を進めながら、放射性廃棄物の処分問題を先送りしてきたツケが回ってきたようだ。これでは“トイレなきマンション”との批判を、甘んじて受けるしかない。だが原発の恩恵を受けた世代はその代償として、少しでも負の遺産のない環境を次世代へ繋ぐ責任を負っている。
「100,000年後の安全」の中で放射性廃棄物の問題を、廃棄物管理協会委員であり神学部教授のC.R. ブロケンハイム氏は、次のように述べている:

“これは国民全体の責任でもあります。
原子力に賛成か反対かは問題ありません。
現存する放射性廃棄物の問題は、
原子力とは別の問題として考えなければなりません。
これが未来の世代に害を及ぼさないよう責任を持って取り扱うべきです。”