時代の気分 Market Scope vol.175 Nov. 2011  文:貴田 マリ

チェルノブイリ・ハート

先月、世田谷区弦巻の路上で計測された高濃度の放射線量の正体は、福島第一原発事故によるものではなく、実は民家の床下に長期にわたり保存してあった放射性物質だった。 このニュースに、そのずさんな管理と通行人への影響を憤りながら一安心したのも束の間、関東近県や首都圏で、高濃度の放射線量が続々と検出されている。 一例としては、足立区や東村山市の小学校の校庭の一部で周辺よりも高い空間放射線量を記録し、 栃木県立農業高校が授業用に購入した腐葉土からは、暫定許容値の74倍にあたる放射性セシウムが検出されている。
8月の政府発表によれば、福島第一原発事故により大気中に放出された放射性物質ごとの試算値は、6月時点で広島原爆の約168個分だという。 放射線に対する国民の不安に伴い、ガイガーカウンターは3月の福島第一原発事故以来売れ続けている。 また文科省は10月18日に、東北全県(青森県を除く)、関東全県、山梨県、新潟県、長野県を対象地域とした、「放射線量等分布マップ拡大サイト」を開設した。

原発事故の起こった福島県では、子供たちの被曝の実態を調べるため、原発事故当時18歳以下だった36万人全員を対象とした、甲状腺検査が10月9日から始まった。 子供たちが受ける検査は一人5分ほどで、ベッドに寝た状態で、のどに超音波装置を当てられ、甲状腺の画像や大きさが記録される。 結果は一ヶ月ほど後に通知され、異常の疑いがあれば精密検査を受ける。しかし事故後に県外に避難した子供たちは、原発20キロ圏内の避難区域だけで1万1千人を数える。 それ以外の地域から自主避難した家庭も多い。県の担当者は「全ての対象者の移動先を把握して検査通知するのは非常に困難」と語る。 また県外避難した保護者は、「通知をもらっても、5分の検査を受けに福島へ戻るだけでも長い時間と交通費もかかる。 遠方の被災者は取り残されかねない」と行政の対応を批判する。福島県は、各都道府県に検査拠点を設ける計画だが、時期や詳細は決まっていないという有様だ。
この検査を担当している、福島県立医大病院放射線医学健康管理センターの坂内主幹は、「事故後の線量レベルなどから、一般住民の健康被害が出るとは考えにくい。 全員を調べることで県民の不安を和らげるのが一番の目的」と説明している。 この楽観的な発言を読んだ途端、8月に見た短編ドキュメンタリー映画“チェルノブイリ・ハート”の映像が、鮮明によみがえって来た。

2003年に制作された“チェルノブイリ・ハート”のマリアン・デレオ監督は、チェルノブイリ原発事故(1986年4月26日発生)から16年後の2002年にウクライナとベラルーシを訪れ、 原発事故による子供たちの健康への影響をフィルムに収めている。この映画は、2003年米アカデミー賞の短編ドキュメンタリー映画部門でオスカーに輝き、2006年4月には国連総会で放映された。
日本での公開は今年の8月に始まった。当時、民主党代表選で蚊帳の外におかれた菅元首相が映画館で鑑賞したことに、民主党からは「今さら原発被害の映画を見ても・・・」との批判があったそうだが、ここには今こそ私たちが知っておくべき事実が描かれている。 その後、衆議院第一議員会館での上映会には、たった17名の議員と18名の秘書しか集まらなかったそうだ。議員の方々は、数十分の短編映画を見る時間もないほど、国事に奔走されているのだろうか?  英語版はネットでも見られるので、そちらでご覧になっていたのならよろしいのだが……。
配給権を取ったドキュメンタリー作家の稲塚秀孝監督は、福島第一原発事故の収束が見えない状況を踏まえ「今こそ、多くの人に見てほしい。全都道府県で公開したい」と述べている。

生まれながらに心臓に重度の障害がある子供のことを、現地では“チェルノブイリ・ハート”と呼んでいる。 病名の多くは“心房中隔欠損症”とされ、主に心臓に穴が開くなどの症状があり、手術をしなければ子供達の多くは成人前に死亡してしまう。 撮影時の2002年では、7千人の子供たちが手術を待っていた。世界各国からの医師チームのボランティア活動で手術を受けられる子供たちもいるが、 ロシアでの心臓外科医の絶対数の不足と、高額な手術代を負担できないことなどから、手術を受けられずに亡くなるケースが多い。

多くの子供たちを死に至らしめる“チェルノブイリ・ハート”が象徴するように、 放射能で汚染された地域では、チェルノブイリ原発の“事故前”と“事故後”の子供たちの“いのちの物語”が一変してしまった現実を映し出す。

原発から80km、ベラルーシのゴメリ州の甲状腺がん発症率は、事故後には1千倍に増加した。事故後に生まれた10代の若者の、甲状腺がんの発症率は30〜40%に昇る。 “チェルノブイリ・ネックレス”と呼ばれる、痛々しい首の傷跡ができ、声を出しづらいと訴える子供たちは、多くの友人も甲状腺がんを発症していると訴える。
放射能による被害は、生まれてくる幼児にも襲いかかる。障害児の出生率は事故後には25倍に増加し、健常児が生まれる確率はわずか15〜20%。つまり5人に1人弱しか健常児が生まれない状況に陥っている。 目に見える身体障害や知的障害がなくても、遺伝子が損傷した子供や、免疫システムが極度に弱い子供などが多く生まれていて、無事に生まれても病気にかかりやすい子供達が増えている。

そのような現実のなか、事故前には存在しなかった“遺棄児童収容施設”が事故後に造られた。悪性腫瘍で、自分の身体と同じほどにパンパンにふくれあがってしまったお腹を引きずって歩く子供。 足と手が壊死して、薬を塗ると痛みで泣き叫ぶ子供。水頭症で、頭なのか顔なのかわからないほど頭部が膨らんだ子供。生まれた時からの発育障害で、4歳なのに4ヶ月の赤ちゃんくらいの身体の子供。 このような重度の障害を抱えて生まれ、親が育てられずに捨てられた子供たちの集まる施設が、チェルノブイリ近郊にはいくつもある。

福島原発事故の発生直後の暫定的評価値は、レベル4と発表された。程なくスリーマイルス島の事故と同じレベル5に訂正され、1ヶ月後にはチェルノブイリと同じ、最悪のレベル7となった。 この間にも「福島とチェルノブイリは違う」と度々聞かされ、福島の事故による放射性物質の放出量は、チェルノブイリの1割程度とも言われていた。 しかし、東京電力の原子力・立地本部の松本本部長代理は4月中旬の会見で、放出量が今後チェルノブイリに並ぶか、それを超える懸念もあるとの見方を示した。
このような状況をみれば、今おこっている“チェルノブイリ・ハート”の現状が、十数年後には“フクシマ・ハート”となって現れる可能性は高いのではないか。 そのような悲劇を少しでも防ぐには、十数年後を見据えた若者の心臓疾患や甲状腺がんの予防医療の研究、そして生まれてくる子供に先天的な影響をおよぼす染色体の研究を、交付金事業として立ち上げてはどうか。

このようなことを考えていた矢先、10月10日の東京新聞朝刊に「原子力教育に過剰計上。交付金42億円、半分使わず」というヘッドラインが一面を飾った。
これは全国の小中学校や高校を対象に、文科省が都道府県を通じて2002年度から支給してきた“原子力・エネルギー教育支援事業交付金”の、昨年度までの9年間の交付金予算総額42億円の内、実際に支出されたのは23億円(55%)だったという内容である。 交付金予算が毎年度4億円台を計上している“原子力教育”などというものの存在さえ知らなかったが、教育の現場でもそれほど必要とされていた様子はない。 昨年度は、都道府県の3割近くが「学校のニーズがない」などとして、申請すらしなかった。 また実際の交付金の使われ方をみても、風力発電実験器や太陽光発電パネル、エコエネルギーの実験セットなど、原子力以外のエネルギー教材に使用されている。
この不要とも言える原子力教育をめぐっては、文科省などが09〜10年度に一般競争入札で教材作成などを委託した事業の内、6割以上が一社応札であり、 落札したのはすべて官僚OBや電力会社の現役または元役員が理事などを務める公益法人だった、とのあきれた背景もあった。
この交付金の原資は、電力会社の販売電力に応じて課税される電源開発促進税で、最終的には電気料金として私たち消費者が負担しているが、 エネルギー対策特別会計(エネ特会)からの支出であり、文科省は余った予算をエネ特会に戻して事実上プールしている。

数年後に起こり得る“フクシマ・ハート”の悲劇を防ぐためにも、この余剰金を生まれてくる子供たちと若者たちのための医療研究の原資にできないだろうか。 子供たちの未来のために計上された予算であるなら、子供たちのために活用することが最良の選択であろう。