時代の気分 Market Scope vol.177 Jan. 2012  文:貴田 マリ

新春を寿ぐ —『翁』—

あけましておめでとうございます。
昨年は、3月11日の東日本大震災を発端とし、引き続き起こった福島第一原発事故、真夏の猛暑と節電などを通し、これまでの価値観や意識が根底から覆される、大きな節目となる一年だった。 津波の映像には自然の圧倒的な猛威に畏怖を抱き、放射能汚染には日常生活への影響を危惧し、節電を通して膨大な電力消費を前提とした生活環境に疑問を覚えた。 そしてこれらの体験は私たちに、自然と人間との関係、また、人と人との関係を改めて見直す貴重なきっかけとなった。東北の復興にはまだまだ長い時間がかかる。 被災を逃れた私たちは昨年の体験を忘れず、2012年を、これからの日本にふさわしい本当の“サステーナブル・ディベロップメント(環境を維持した、継続可能な開発)”とは何かを考える出発年と捉えるべきではないか。 そのためには、私たち日本人が本来持っている自然観や伝統を見つめ直し、環境にも人にも無理のない新しい価値観を、一人一人が真摯に探っていくしかないだろう。
新たな年にあたり、そんなことを考えている。

さて新春の、清々しくも厳粛な気分にふさわしいといえば、能の『翁(おきな)』が挙げられる。 能が完成した中世には、一日の演能は『翁』で始まり、その後に五番の能が続く形式であったが、現在ではおめでたい曲として、お正月や神事能、舞台のこけら落としや記念公演の最初に演じられている。

『翁』は能の代表的な演目にもかかわらず、「能にして能にあらず」と言われる。それは他の曲とは異なり、能の原点を示す儀式性、神事性の高い秘儀的な側面を持つためであろう。

今日の能楽各流の源流となった大和の猿楽は、もともと興福寺などの大和の大寺社に従属していた。 普段は小集団に分かれて、農村を舞台に物真似芸などを披露していたが、寺社の催しの際には参集して、芸を奉納することを義務付けられていた。その奉納の芸を最もよく伝えているのが『翁』なのである。
『翁』はその際の奉納の芸として、寺社の神格を讃えたり、あるいは農村の神々を寿(ことほ)ぐことを期待された。今に残っている神的で祝祭的な性格は、こうしたことに由来している。
世阿弥以後、猿楽は洗練されて能楽となり、芸術的な完成度も高いものとなったが、能楽師たちは、自分たちの芸の原点であった『翁』をずっと大事にしてきた。 そしてその演じられ方は、今日においても、他の能とは異なった特別の扱いを受けている。この『翁』だけは、どんなに能の嫌いな将軍でも、御簾をあげて見るしきたりになっていた。 演者にとっても、今はだいぶん略式になったようだが、昔は一週間前から「別火(べっか)」を始めた。 別火とは、家族とは別の火で調理するという意味から、食事の支度を演者自身で整え、女の手を一切借りずに、一間にこもって精進潔斎(しょうじんけっさい)する。『翁』は、それほど神聖な曲とみなされている。

新年初会の能楽堂は、しめ縄を張り巡らした舞台も見所(けんしょ/客席)も、清浄な緊張感につつまれている。 しかし幕の向こうの「鏡の間」では、もう『翁』の能は始まっている。「翁飾り」と呼ばれる略式の祭壇に当日使う翁面を飾り、そこで出演者全員がお神酒で心を清める儀式が始まっているのだ。
やがて見所に火打石の切り火の音が響くと、静かに幕が上がる。 御神体ともいうべき白式尉(はくしきじょう)と黒式尉(こくしきじょう)の二つの面と鈴の入った箱を掲げた面箱持ち(流派により千歳[せんざい]が兼ねる)を先頭に、狩衣に威儀を正した翁、千歳、三番叟(さんばそう)が橋掛りを粛々と歩んでくる。 続く囃子方と地謡、そして後見も素袍に侍烏帽子という第一礼装で舞台と橋掛りに並ぶ。堂々たる神の渡御(とぎょ)を彷彿とさせる「翁渡り」である。
舞台正面に座した翁はゆっくりと狩衣の袖を開き、恭しく一礼し、右手奥の翁の座につく。能を演ずるというより、神事に従うといった趣である。

すかさず笛が吹き出し、三挺の小鼓が素袍の肩を脱いで一斉に打ち始める。真ん中の小鼓は「頭取(指揮者)」で、両側の二人は「脇鼓」と呼ばれる。 気迫のこもった三挺の小鼓の連打を聞いているうちに、太古の日本人の鼓動を聞いているような高揚した気分に襲われる。ここで翁が荘重に「とうとうたらりたらりら、ちりやあがりららりとう……」と謡い始める。 チベット語説もあるほどの、一種の呪法めいた文句を聞くうちに、観客は儀式の場に誘いこまれる。
ここでまず千歳が立ち上がり、「鳴るは滝の水」と尽きせぬ清浄な滝水の永遠を謡い、君の千歳を寿ぎ、颯爽と舞う。袖を巻いたり、足拍子を高らかに響かせたりする若々しい舞だ。 その間に翁は、舞台上で面を付け、白い翁に変身する。本来なら鏡の間で行われることを、堂々と舞台上でやってみせるのは『翁』だけであり、面を付けた瞬間に、人間として登場した翁が神に変身する。
白式尉の面をかけた翁は、扇と袖を豊かにひろげて「天下泰平、国土安穏、今日のご祈祷なり」と荘重に舞う。 翁の謡をとくに神歌(しんか)、舞を神楽(かみがく)と呼ぶほどだ。舞い終えた翁は舞台の翁の座に戻り、面をはずし、舞台を退出する。 その時に奏せられる小鼓の調べは「翁帰り」とよばれ、御輿の渡御になぞらえられている。

翁が幕に入ると、笛を合図に大鼓が威勢よく打ち出す。 小鼓が加わり、リズミカルな拍子に、剣先烏帽子を着けた三番叟が「おおさえおおさえ、喜びあれや、喜びあれや……」と走り出る。 「揉ノ段(もみのだん)」の始まりであり、実りの精霊を呼び覚ます呪法であろうか。直面(ひためん/素顔)の三番叟が足拍子も高らかに大地の舞を舞う。 途中で「エイエイエーイ」と飛び上がる「烏飛び(からすとび)」も入り、躍動感にあふれた生命のエネルギーをひしひしと感じる。
舞い終わった三番叟は、舞台で黒式尉(こくしきじょう)の面を付け「黒い翁」に変身する。 そして鈴を持ち「鈴ノ段」を舞う。鈴を振りながら、種まきを連想させる所作や、四隅を清め、天地人を祝福する足拍子が入る。揉ノ段の躍動感に対し、ひょうきんとも見える農耕をかたどった舞である。 そして囃子はだんだん急調子となり、絶頂に達したところで終わる。

このように『翁』という曲は、筋らしい筋を持たず、歌詞も意味不明な呪術的な言葉が多いが、能の源流となった猿楽の、そもそもの形を今に伝えている。 日本人の心の底にある根源的律動感と、平和と繁栄の祈りが込められた祝祭の曲である。見終わった観客は、神事に参加したような清々しさと、祭りの興奮に満たされる。 この儀式とも舞踊ともつかない曲が観客の心に響くのは、600年という悠久の時を経て守られ、発展した能の力に他ならないのであろう。そしてその原点には、日本人の神と自然への感謝と願いがある。