時代の気分 Market Scope vol.178 Feb. 2012  文:石丸 淳

ガラパゴス — 淘汰と進化 —

日本の携帯電話がガラパゴスと呼ばれて久しい。
だがガラパゴス現象は何も携帯電話だけに限った話ではなかった。以前、ここで述べたように“ニッポンのラーメン”もある意味でガラパゴスと言えるだろう。それはもちろん日本人のオタク気質が進化(と言って良いのかどうか判別し難い例もなくはないが)、それも独特の進化を遂げさせてしまう場合が多いのだが、これだけグローバル化が進み地球のサイズが小さくなってしまうと世界標準からずれるということは、ビジネス規模が大きくなれない危険を孕むことになる。

日本の基幹産業とも言える自動車は、ほんのちょっと前まで世界中で沢山売れた。ここへ来てその勢いは様々な要因で落ちてしまったが、ここに至るまでには不思議な日本のスタンダードを造り出した。'70年代後半ぐらいから、時にはテクニックというよりギミックじみたものまで、へんてこなものが生まれたのだった。例えばヘッドライトにワイパーを付けるまでは良かったが、サイド・ミラーに小さなワイパーを付けてみたり、といった具合である。そんなことを日々考えているメーカー社員がいたのだろうと想像すると、思わず笑ってしまう。

しかし、そういった小賢しいジャパン・スタンダードも、他の自動車先進国に徐々に影響を与えるようになっていったのだった。小さな国土と狭い道路事情から発想されるアイディアが、実は旧市街など細かくて細い道路を多く持つヨーロッパの国々の人々を感心させたのである。今や当たり前のサイド・ミラーを折りたたむ、という技術は日本でいち早く実用化されていた。彼の国においてはそんなことを思い付く人がいなかったようで、当初はメイド・イン・ジャパンのサイド・ミラーが多く輸出されることとなった。

すると俄然、日本の技術的発想が気になったらしく、フランスのルノーなどのデザイナーや商品開発の人間が大挙して日本に送り込まれ、更に3か月もの間、入れ代わり立ち代わりしては長期滞在し日本の文化や市井の人々の暮らしを分析して帰って行ったのだ。そうしたことがこの15年程のフランス車に反映されていて、やたらと便利な物入れだらけになっていたりする訳だ。そういう意味では便利な機能をあちこちに増やした功績はジャパン・スタンダードがグローバルに与えた良い影響として評価されても良いと思う。

時代は21世紀になり、最早情報伝達のスピードが速くなって、技術的なアドヴァンテージを保てるのはほんの一瞬の時代になってしまった。そうしたグローバル・スタンダードの時代に、何故か今でもジャパン・スタンダードであり続けている不思議なものがある。輸入車に乗り馴れている人ならばすぐに思い付くだろうが、それは日本車のウィンカー・レヴァーの位置である。思うに、あまりに巨大な産業となり、日本の自動車保有台数も相当な数になってしまったために、今さら国際基準に合わせることが出来なくなってしまったのだろう。

記憶を手繰ればISOなどの基準が戦後に生まれてしばらくの間は、いろんなウィンカー(本当はブリンカーと言うべきか)のスタイルがあった。その操作についても、例えば同じ右にステアリングを持つ国であるイギリス車には、現在の国際基準であるステアリング・コラムの左側にレヴァーを持つもの、またコラムではなくフェイシア(計器盤)のパネルから手前に向いて長いレヴァーが生えているものなど様々であった。もちろん、日本同様にコラムの右側にレヴァーを持つものも'60年代ぐらいまではあった。

そもそもは、ハンドル(ステアリング)の左右からの問題であったかもしれない。これも巷間言われているのは馬車の時代からで、当初は通行帯が左右できちんと整理されていなかったことから始まる。馬車から発展して前々世紀末に自動車が誕生すると、それらが段々整備されていくのだが、概ね最初の頃は右側通行で、かつ右ハンドルのところが多かったと言われている。当然ウィンカーなどない頃の話だが、当時のクルマのシフト・レヴァー(変速)は、その操作が難しくボディの外側、それもブレーキ(こちらもレヴァー)とともに右側に付いていた。

つまり、殆どの人が右利きであったから利き手側の右ということである。この後、アメリカのフォードとフランスのルノーが大衆車を生産することになり、その辺りからレヴァー類は室内となって利き手の右手での変速はそのままにハンドル位置が左となっていくことになる。ところが何故か高級車はその流れに乗らず、右ハンドルを押し通して「高級車は右ハンドル」というイメージを作ってしまった。だからフランスのヴォワザン、ドラージュ、ドライエといった高級車はすべて右ハンドルである。

解り易いところで言えば、イタリアでもフェラーリが1950年代前半辺りまでは右ハンドルだったし、ランチアも同じく'50年代の半ばまでその殆どを右ハンドルで生産されていた。因みに最近でもレーシングカーの多くは右ハンドルが多い。これはル・マンのサルテ・サーキットなどのように右回りが多く、速く走るのには右ハンドルが有利であるからなのだ。それでもシフト・レヴァーについては右側に置かれる。もっとも最近ではシーケンシャルの時代も去り、シフト・レヴァーなどがなくなる傾向にあるから利き手問題などもなくなってしまうのだが。

話を元へ戻すと、そんな進化の過程で右側通行の多くの国では基本的に左ハンドルとなり、右側でシフト・レヴァーを操作するために、その後に誕生したウィンカー・レヴァーは左手で操作できるようにコラムの左側に付くようになった。恐らくはそれがスタンダードとなったために、日本と同じ左側通行の国、イギリスやオーストラリア、ニュージーランド、そして南アフリカでも左にウィンカー・レヴァーが統一されたのだろう。それが何故日本だけが取り残されることになったのか。

その経緯は不明だが、こうした自動車の規格は欧州法規(ECE)及び世界統一技術基準(GTR)などの国際法規で制定されてきているのに、日本はとうとう数の論理で今世紀初頭に無理やり右側のウィンカー・レヴァーを法規上認めさせてしまったようだ。つまり、日本だけは延々右側のウィンカー・レヴァーが続くということなのか。変えるつもりがないという日本の意思表示ということだろう。これこそ孤立したジャパン・スタンダード、進化しないガラパゴスと言えないだろうか。

ガラパゴスは進化できなければ意味のない存在になりかねない。それが孤立である。

確かに今さら国産車のすべてを左ウィンカー・レヴァーにするのは大変なことだろう。もっと早くに手を打つべき問題で、それはこの国の政治にも同じようなことが何とも多いことか。もっと早くに改めておけば、こんなことやあんなことにならずに済んだのに……、というやつである。それはもう「孤立」だけでは済まされなくなっているところに今の日本が抱える殆どの問題の根っこがある。結局のところ、経済も含めて「進化」とは如何にグローバル・スタンダードで早く基準化するのか、ということなのだろうか。