時代の気分 Market Scope vol.179 Mar. 2012  文:貴田 マリ

さようなら原発

東日本大震災から早一年。
しかし、未だに多くの人々が不自由な避難生活を強いられ、被災者の救援と被災地の復興がなかなか進まない状況にある。 2月10日には、東日本大震災の復興事業を統括する復興庁が発足し、国の復興体制がようやく整った。 ただし復興庁は、復興事業の予算要求から配分までを一元的に担うのみであり、実際の復興事業を手掛けるのは、国土交通省の地方整備局など各省庁の出先機関とあって、省庁間の縦割りを排して、どこまで復興事業をリードできるのか、と疑問視する声が多い。 また、震災から11カ月経っての“あまりに遅い発足”でもあり、期待感の乏しい船出になった。

東日本大震災は、その人的・経済的規模だけを見ても未曾有のものだが、福島第一原発の事故というさらに恐ろしい事態を引き起こした。 原子炉が炉心溶解(メルトダウン)を起こし、高濃度の放射性物質が大気・海水・土壌に拡散した。 福島では多くの人々が被爆し、20km以内の避難対象者、20〜30kmの屋内退避対象者に限っても、十数万人にもおよぶ人々が生活環境を失ったままでいる。 そして原子炉は、未だ停止させることすらできていない。

地震発生時に、原子炉の運転自体は緊急に自動停止したと言われているものの、津波によりオイルタンクが流出し、非常電源は全て失われ、非常用炉心冷却装置が注水不能に陥った。また、使用済みの核燃料プールも冷却不能になった。その結果、同原発1、2、3号機では核燃料棒が崩壊熱でメルトダウンし、炉内で発生した水素が爆発し、原子炉建屋や原子炉内圧力容器、そして格納容器までが破損した。4号機でも、核燃料プールの冷却機能喪失から水素爆発に至っている。原子炉の各種計測器が故障する中、事故の実態は明らかではない。また、強い放射線のため原子炉に近づくこともできず、事故の収束を図れないという危機的状況が続いている。

今まで政府と電力会社は、たとえ事故が発生しても放射能物質は五重の防護設計によって“止める”、非常冷却装置によって“冷やす”、格納容器によって“閉じ込める”、だから安全なのだと喧伝してきた。しかし現実には、この安全装置は機能しなかったことが明らかになった。
また原発は地震には十分耐えたが、大津波が“想定外”のものであり、これが事故を引き起こした要因だと聞かされてきた。しかし様々なデータは、地震発生時点で原子炉の機能が破壊された可能性を示唆している。福島第一原発以外でも、地震時に運転中だった東京電力・福島第二原発、東北電力・女川原発、日本電力・東海第二原発の計11基の原子炉においても、外部電源を喪失するなどの重大な事態に陥り、六ヶ所再処理工場でも非常用電源が稼働する状況となった。
これらは、私たちが住む“地震列島”日本では、“安全な原発”などそもそも存在し得ないことの証明ではないか。

3月11日の東日本大震災以前には、日本の電力の約30%は全国に54基ある原子炉で発電されていた。電気事業連合会のホームページは「原子力発電は、資源の少ない我が国において電気の安定供給に大きく貢献している」と謳っている。しかし2月末には54基の大多数が停止中であり、稼働しているのは2基のみとなっている。停止の理由は、3・11以降の政府指示、07年の中越沖地震、事故、定期点検などだ。そして2012年4月末までには、稼働中の2基も定期点検で停止される。
政府は現在定期点検中の原子炉について、安全性が確認できれば再稼働を認める姿勢を示している。しかし福島原発では、未だ立ち入り調査もできず、事故原因も不明のままだ。少なくとも福島原発の事故原因が究明されるまでは、原発の安全性は確認しようがない。このことからも、点検中の原子炉の再稼働は無謀だと言える。

原子炉は、ウランまたはプルトニウムを燃料として稼働する。原発を動かせば“原発のゴミ”あるいは“使用済み燃料”と呼ばれる、高レベルの放射性廃棄物が出る。この対策として、廃棄物を再処理してプルトニウムを取り出し、それを高速増殖炉で再利用する“核燃料サイクル”の開発が進められている。しかし、青森県六ヶ所村の六ヶ所再処理工場は、何度も試験運転で失敗を繰り返し、商業運転開始の目途もたっていない。高速増殖炉“もんじゅ”は開発から40年近く経つが、1995年にナトリウム漏れ事故のため15年間近い停止期間を経て運転再開したものの、数ヶ月後に装置の落下事故により現在も停止している。しかし、停止中でも一日あたり約5500万円がつぎ込まれている。原発推進派はこの“核燃料サイクル”によって、使用済み燃料の問題が解決できると言っているが、長年にわたり失敗を繰り返し、巨額の浪費を続け、商業化できず、循環につながっていない、という厳然たる事実がある。
原発に賛成か反対かは別として、5月までには全ての原子炉が停止される。
その時には、停電が頻発して社会が混乱するのか? 
節電が大きな課題となった昨年8月の電力ピーク時でも、41基の原子炉が停止していた。政府は節電を呼びかけ、電力会社は早期の原発再稼働が必要であるとアピールしていたが、8月の電力使用量を掲載している経済産業省のホームページによれば、最も電気が使われた日の使用量合計は1億5651万キロワット(沖縄を除く)、電力供給量合計は各種資料によれば約1億7800万キロワット。つまり8月のピーク時でも、差し引き約2100万キロワットの電力余裕があり、停電も起こらなかった。
8月以降に停止した原子炉11基と、これから停止する2基の発電量合計は約2100万キロワット。8月ピーク時の電力余裕と同じあり、数字上は原発が全て停止しても、ピーク時への対応が可能である。しかし、安定して電気を供給するには、10%位の余裕が必要と言われている。この対応策としては、発電能力に余裕のある火力や水力発電所の稼働率を高めると共に、私たちが節電を進めれば、大きな混乱もなく電力不足を乗り切ることができるだろう。

原子力発電に頼らない社会を目指し、昨年6月に“さようなら原発一千万人署名市民の会”が発足した。呼びかけ人として、作家の大江健三郎氏をはじめ9人*註1 が名を連ねているこの署名運動は、次の三項目を政府に要請している。

  1. 新規原発建設計画を中止し、既存の原子力発電所の計画的な廃炉を実施。
  2. もっとも危険なプルトニウムを利用する高速増殖炉“もんじゅ”および核燃料再処理工場を“運転せず廃棄。
  3. 省エネルギー・自然エネルギーを中心に据えた、エネルギー政策の早急な転換。

全国各地で署名活動を展開し、当初は署名締め切りを2月末に想定していたが、2月末現在では420万人だったため、最終締め切りが5月末に延長された。“さようなら原発1000万人アクション”のホームページでは、オンライン署名も受け付けている。

福島の原発事故とその後の顛末で、私たちは身をもってその恐ろしさを実感した。一度事故が起これば、人間には制御不能な事態に陥る。人類と核は共存できないのだ。しかし日本政府は、今後も原子力発電を維持するとしている。このような国民の思いが反映されない政治には、私たち一人一人が意思表示をしなくては何の進歩も期待できない。


注釈

註1:“さようなら原発一千万人署名市民の会”呼びかけ人
内橋克人(経済評論家)、大江健三郎(作家)、落合恵子(作家)、鎌田慧(ルポライター)、 坂本龍一(音楽家)、澤地久枝(作家)、瀬戸内寂聴(作家)、辻井喬(詩人・作家)、鶴見俊輔(哲学者)