時代の気分 Market Scope vol.181 May 2012  文:貴田 マリ

『そうしょく男子』

2009年の新語流行語大賞トップ10に入った“草食男子”もすっかり普通名詞化したが、昨今“草食”ならぬ“僧職男子”が女性の熱い注目を集めている。

そもそもの発端は、僧職者の書いた本の人気の高まりにある。ここ数年、お坊さんの著書が多く出回っている。 これまでのお坊さんの本といえば、それぞれの宗派を代表する実力者や仏教系大学の先生方(僧侶兼仏教学者)の著書であり、出版元も仏教の専門出版社とか本願寺出版社などの直系出版社が多かった。 書店でも、宗教学者の本が並ぶ“宗教・哲学”コーナーに置かれていた。 しかし最近人気の若いお坊さんの本は、“精神世界・スピリチュアル”に分類されている。理由は、内容自体がこれまでの本とは違うからだ。
スピリチュアル系仏教書、仏教的エッセイや仏教読物とも言われるこれらの本は、仏の教え(仏典)を解説するものでもなく、弘法大師や親鸞聖人の一生を伝えるものでもない。 その多くには、著書自身の生き方や僧職に入るまでが書かれている。「こういう事を知っておいてください」という上から目線で諭すのではなく、「こんな生き方もあるけど〜」という感じの同じ目線で語りかけるところに人気の秘密があるようだ。 この出版不況の中、現役僧侶の小池龍之介の『考えない練習』は30万部、オネエ系僧侶として知られる水無昭善の『つらい時は「やってらんな〜い」て叫べばいいのよ』は20万部を超える売上げを記録し、ともに文庫本にもなっている。

そんな僧職男子本への追い風を受け、今年2月末にイケメン僧侶をフィーチャーした「美坊主図鑑」(廣済堂出版)が出版された。 “お寺に行こう、お坊さんを愛でよう”“イケメンから癒し系、クリーミー系まで東西僧侶40人”と、何だかわけの解らないサブタイトルが付いている。 帯には“人生に疲れてもあなたには、このお坊さんがいる!!”との、勇ましい言葉が踊る。
これまで寺社仏閣巡りなどをテーマにした本はたくさんあったが、現役の僧侶を扱った本は珍しい。 この「美坊主図鑑」の前書きによると、昨年の3・11以降、自分の将来などに不安を持つ女性が増えているという。 この本はそんな女性達に、“お坊さんと話してみるのもいいかもしれません”“お坊さんはあなたのカウンセラー”というスタンスで、日本全国の“イケメン坊主”“お兄さん系坊主”を紹介している。
20代から40代までの比較的若い世代が多く、浄土真宗や真言宗、日蓮宗などの僧侶が登場している。 “高野山の下北沢系元俳優BOZE”“航空自衛隊出身のクリーミー系”“ボクサー兼僧侶”“写経を教える高野山のラブリー系”“落語と映画を愛する近江のイケメン僧侶”と、 何でもありのキャッチフレーズが並び、ジャニーズ事務所顔負けの幅広いラインアップである。

僧侶といっても普通の人間だ。高野山真言宗の僧侶(29歳)は趣味がギター。激しいスラッシュメタルが大好きで、僧侶になる前はピンクの長髪だったという。 他にも、元建築士でiPhone、iPadなどのアップル製品大好き僧侶や、趣味が宝塚観劇で生まれ変わったらタカラジェンヌになりたいという僧侶もいる。
僧侶たちの語る言葉も決して難解なものではない。 「裕福になること、生活が楽になることが即幸せにはつながりません」「相手に愛情を求めてばかりいては、本当の愛は得られません」など、何となく不安を抱えている人の多い今の世の中だからこそ、当たり前な言葉が心に響くのか……。

廣済堂出版の担当者によると、この1〜2年の女性の婚活市場で、経済的に安定している(マイホームどころか、マイ寺にマイ墓地まで!)と共に“草食男子”のような癒し部分が、“僧職男子”の大きな魅力になっていると言う。
書籍を作るに当たっては、僧侶に登場してもらうのが大変だったという。「仏教というのはヒエラルキーの強い世界。本人が出たくても出られない宗派もありました。たくさん断られましたね」と語る。 発売されてからは、新聞やテレビなど、マスコミからの問い合わせが殺到しているという。初版1万部で、早くも増刷が決定した。

美坊主たちの多くに共通していたのが音楽好きなことだ。“ロックフェス大好き”“クラシックを爆音で聴く”“二人でヒップホップ・ユニットを組んでいる”など実に音楽坊主が多い。 その中から、鳥取と埼玉の浄土真宗の坊主デュオ「Tariki Echo(他力エコー)」は、お経とダンス・ミュージックを融合したブッダ・サウンドなるもので、3月にデビューアルバムをリリースし、Amazonでは初日に品切れになった。 フルフェース・ヘルメットに墨染め衣の二人組が、脱力系サウンドに合わせ“南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏”と歌うプロモーション・ヴィデオはYou Tube にもアップされている。 非日常的であり、荘厳で近づきがたいお経のイメージを覆すために、坊主の立場から制作したそうだ。

彼らはアルバム・リリースにあたり、「お経は、皆がユニゾンで声を出して、トランスしていくパーティーみたいなもの。本来はもっと取っつきやすいものなので、皆で一緒に声を出して欲しいんです。 坊主がPOPなお経を作るというところに、意味と説得力があると良いなと思っています。お経を良い声で聞かせるというのが寄席とかの起源らしいので、現代人のお経への垣根がなくなって、普通に聞ける様になればいいなと」とコメントしている。

四谷荒木町には、スタッフ全員が現役僧侶の「坊主バー」がある。 店内にはお線香の煙が漂い、バー・カウンターの中では坊主が、オリジナル・カクテル「極楽浄土」や「灼熱地獄」のシェーカーを振る。ホールでは坊主の法話やお経が流れている。 そんな有難い雰囲気(?)の中で坊主に悩みを相談したり、店内に据えられた大きな仏壇にお参りして煩悩を祓った気分になり、癒されるれるのだという。 2000年に仏教との距離を縮めるためにオープンして12年過ぎたが、昨年の3・11以降は女性客が急増したそうだ。

本であれ、音楽であれ、バーであれ、その根底には若い世代が仏教に親しんで欲しいという思いがあるのだろう。 しかし、全てが宗教や聖職者とは対極にある、金儲けと自己顕示欲に根ざしているように思えてならない。
私たちの方が「やってらんな〜い」と叫びたくなってくる。

鎌倉時代の名僧、明恵*1(みょうえ)は、「阿留辺畿夜宇和(あるべきようは)」を座右の銘にしていたという。 彼の「栂尾明恵上人遺訓(とがのおみょうえしょうにんいくん)」には、次のように記されている。
『人は阿留辺畿夜宇和(あるべきようは)の七文字を持(たも)つべきなり。僧は僧のあるべきよう、俗は俗のあるべきようなり。 乃至(ないし)帝王は帝王のあるべきよう、臣下は臣下のあるべきようなり。このあるべきようを背くゆえに一切悪しきなり』

これを聞いて今の坊主たちは、そんなこと「やってらんな〜い」とでも叫ぶのだろうか。


注釈

*1:明恵(1173年‐1232年)
紀州有田に生まれ、8歳の時に両親と死別。その後、京都の神護寺に入門して修行に励んだ。 後に後鳥羽上皇から賜った京都西北の栂尾に高山寺を創建し、東大寺の学頭にもなった名僧である。華厳宗の中興の祖とも讃えられている。