時代の気分 Market Scope vol.183 Jul. 2012  文:貴田 マリ

どうなる日本語

「日本語の乱れ」が問題視されて久しいが、ギャル語と呼ばれる女子中高生発の言葉を中心とした若者言葉が、一過性のものとして見過ごせない存在になっている。ソフトバンクのCMでお馴染みの“白戸家”シリーズでも、今年から、セーラー服姿のタダちゃんが登場し、“おね♪(お願いします)”“イミフ(意味不明)”“てへぺろ(てへっと舌を出して笑う仕草)”などの、ギャル語を炸裂させている。

また元筑波大学長で『明鏡国語辞典』の編者でもある北原保雄氏が編集者となり、今年4月に刊行された『辞書に載らない日本語』は、シリーズ累計14万部を超え注目を集めている。
同書は、2005〜2011年に実施された「もっと明鏡」キャンペーンに寄せられた、中高生発の新語を集めた“規格外”の国語辞典であり、第1弾の『みんなで国語辞典』(2006年刊)、第2弾の『あふれる新語』(2009年刊)に続く第3弾となる。全国の中高生から国語辞典に載せたい言葉とその意味・例文を募り、昨年の第6回キャンペーンまでに、延べ16万人から、総数45万2,601作品の応募があった。
第3弾の『辞書に載らない日本語』には、第4〜6回のキャンペーン応募作品約23万語から選ばれた1,200語が、“社会編”“学校編”“男と女編”などの中高生のライフスタイルに合わせた6ジャンルに分類されている。その中には次のような、思わず納得してしまう新語も多い。

  • “純一”= 靴下をはかない事や、はかない人(タレント石田純一が語源)
  • “アマフェッショナル”= アマチュアなのに、あたかもプロであるかのような視点で語る人
  • “サラダセット= 草食系男子と草食系女子のカップル

同書に掲載されている第1回から昨年の第6回までの、見出し語ベスト10の一覧も興味深い。第1回のベスト3は“はまる”“微妙”“ありえない”で、今や完全に普段使いの言葉として定着した。’07年の1位“KY”や2位“どんだけー”には、懐かしささえ感じる。“ググる”がベスト10入りしたのが’09年、“なう”は’10年だ。普通の辞書には載っていない言葉だからこそ、世相が敏感に反映されている。

中高生のみならず、一般的に使われているイマドキの若者言葉も、若者の生活シーンが生き生きと感じられ、思わず吹き出してしまうようなユーモアに溢れている例もある。

  • “しょんどい”= 正直しんどい
  • “ロデ男”= 女性に振り回されている男性
  • “微美男”= 一見、美男子に見えるがよく見るとそうでもない男性
  • “UFO”= うまくフェードアウト
  • “YMO”= やだ もう おじさん
  • “蓮舫”= 合コンでサラダを分けてくれる女子
  • “コロンブス”= 合コンに遠くからやって来たブス

一つ一つの単語の解説を聞けば中高年にも納得いくが、これが会話のなかに盛り込まれたならもうお手上げだ。
 「○○ちゃんってギャルだよね〜」
 「え〜、どっちかっていうと、“パギャル”じゃね?」
“パギャル”= 半端なギャルを表す言葉で、見た目はギャルではないけれど、カラコン(カラーコンタクト・レンズ)だけ入れていたり、つけま(付けまつげ)だけ付けているなど、ワンポイントだけギャル要素を取り入れている女子。

 「ねぇ、あの人“池”じゃない?」
 「私的には“沼”なんだけど」
“池”=イケメン→イケ様→池様から変化した、格好いい男性。その反対に、イケメンとは言い難い男性は“沼”と呼ぶ。呼ばれた男性には気の毒だが“沼”には妙な説得力がある。

これまで、日本語の乱れの筆頭として「ら抜き言葉」が取り上げられることが多かったが、最近では“ヤバイ”という言葉だけで会話を成立させる“ヤバイ万能論”がネットで取り沙汰された。本来は、好ましくない状態を表す語であった“ヤバイ”が、最近ではおいしい、すてき、かっこいいなど賞賛の言葉にも使われていることを指摘し、若者の説明能力の低下を危惧した内容だった。このように、若者が使いこなす語彙が、圧倒的に少なくなっていることは深刻な問題だ。最近では“バカヤロー”や“吐きそう”までもが、肯定的な意味で使われ始めている。テレビのグルメ番組で女芸人が、料理を食べるたびに“ヤバイ”と“バカヤロー”を連呼しているのを見た時には、呆れるのを通り越して、寒々とした気持ちになった。

街中でも“ヤバイ”“マジ”“ウケる”の三つの単語で会話が成り立っている場面を、多々見かける。
作家の大岡玲氏は、このように乏しい語彙での会話が蔓延した背景を「感情を細分化して伝えることが、できなくなっているのでしょうね。学生を見ていると、言葉を使うことを怖がっているように見えます」と述べている。そして「様子をうかがいながら、みんなと同じ言葉を使うことが安全策だと思うのでしょう。その結果、一つの言葉にいろんな意味を込めるようになった。だから“ヤバイ”“マジ”“ウケる”ばかりが使われるようになったんです。言葉の曖昧化現象と言えますね。日本語が美しい・美しくないという問題以前に、言葉そのものをうまく使うことができなくなった時代なのかもしれない。他人と言葉によって関わっていくという作業をしなくても、何となく曖昧で済んでしまう社会状況とも言える。」と続けている。
ネットやメールの普及は人間関係、そして個人と社会との関係に大きな変化をもたらした。言葉は省略され、アイコン化されつつある。しかしコミュニケーションの基本は、それぞれの言葉が持つ微妙な違いや匂いといった「語感」をかぎ分けながら、自分のイメージにより近い言葉を探し当て、自分の思いをより正確に伝えるということにある。

21世紀は国際化の時代と言われ、“英語習得=国際人への必須科目”のような風潮が蔓延している。これはあまりにも短絡的な考えではないか? 日本語も満足に話せない幼児に英会話を習わせたり、昨年4月からは小学校での英語が必修化され、5・6年生が年間35時間(僅か)の授業を受けている。そこにどんな意味があるのだろう?
コミュニケーションにおいて言語はツールのひとつであり、コミュニケーションの目的である相手に伝えることの根本は、あくまでも個人がどう考えるかにある。そして明確な考え方を持つためには、外国語の前に、しっかりとした母語を学ぶ過程が求められる。無名の私立校だった神戸の灘高を全国屈指の進学校に押し上げ、「伝説の国語教師」と呼ばれた橋本武氏は、「学ぶ力の背骨は国語力」と明言している。

日本語は豊富な、そして美しい語彙を持つ言語だ。また外国語にはない敬語や、直接的表現を避け“察する”文化を重んじる言語でもある。これらの特性により、外国人にとって習得するのが非常に難しい言語の一つと言われている。運良く日本語を母語とする私達は、次世代を担う子供達に日本語の楽しさや美しさを伝える義務がある。彼らが真の国際人として成長するには、考えるための確固とした土台が必要なのだから。