時代の気分 Market Scope vol.185 Sep. 2012  文:貴田 マリ

テレビ離れ

ロンドン五輪開催中は連日深夜のテレビ観戦で、大多数の日本人が寝不足に悩まされたのではないか。その証しのように五輪後半にあたる8月6日〜12日の週間視聴率トップ10でも、2位のNHK“連続テレビ小説・梅ちゃん先生”以外は五輪一色で占められていた。
そんな中、各競技の番組平均視聴率で最高を記録したのは“サッカー女子予選 日本×スウェーデン”で、関東地区30.8%(関西29.3%)、2位も“女子サッカー決勝 日本×アメリカ”で関東29.1%(関西24%)、3位が“サッカー男子予選 日本×スペイン”で関東26%(関西20.6%)と、視聴率の金・銀・銅をサッカーが独占した。1位の対スウェーデン戦のキックオフが日本時間の午後8時、3位の男子の試合も午後10時45分からと観戦しやすい時間帯だったことも、高視聴率の要因となったようだ。しかし、2位の女子決勝戦のキックオフは午前3時45分だっただけに、サッカー(特に“なでしこジャパン”)人気の高さを示している。関係者によれば、この時間帯での29.1%は、日本が優勝した昨年のサッカー女子W杯決勝の21.8%を抜き、2001年以降の試合中継では歴代3位だという。

五輪中は、家に帰れば新聞片手に即テレビの前に座り、中継・録画・ニュースと久しぶりのテレビ三昧に浸ったが、五輪が終わってみればテレビの出番は激減した。見たい番組が無いのだ。
1953年に国内放送が始まったテレビはめざましい成長を続け、フランスのカンヌで開催されるテレビ番組の国際見本市“MIPTV”で発表された統計では、日本人の平均視聴時間は5時間1分、世界一テレビを見ている国民といわれたこともある。これは労働時間以外、ほとんどテレビを見ていることになる。しかしテレビ離れ”は、2000年頃から徐々に始まっていた。

2008年3月のNHK放送文化研究所の調査報告には、20代でテレビを見ない人の増加や、夜間視聴率の低下は起きているが“テレビ離れ”には至っていないと記されている。ただし、漠然視聴の増加や視聴習慣の弱まりは事実であり、これを“テレビ視聴の希薄化”と楽観的に呼んでいた。その一方で、2008年のインターネットコムの調査では、“情報”“娯楽性”ともにテレビよりインターネットを重視する傾向が見られ、2009年の同調査ではテレビの視聴時間が短くなったとの回答が2/3を占めた。更に2011年のアスキー総合研究所の調査では、20代の7人に1人程度(13.5%)は全くテレビを見ないことが解った。また同年7月24日の地デジ化を機に、テレビを止めた世帯も少なからず現れた。この余波か、2011年9月末までのNHK受信契約の解約件数は9万8千件にのぼったが、今年2月末には16万3千件にまで増えている。

これに伴った、テレビ関連商品の不振も見逃せない。テレビ情報誌“ザ・テレビジョン”が8万部減、“月刊ザ・テレビジョン”は12万部減となっている。
家電の優等生といわれたテレビ本体も、地デジ移行までは明るい旬の話題だった。家電エコポイントの後押しもあり、買い替え需要で大きな売上げをつくった。しかし需要の波が引くや一転し、国内ではテレビが売れなくなるとともに、売れても価格の急落で利益が出ず、メーカーの業績の足を引っ張る存在になってしまった。その結果が2011年度のパナソニック7,721億円、ソニー4,566億円、シャープ3,760億円という、過去最悪の大赤字を生んだ。

昨年10月3日〜9日のテレビ番組週間視聴率トップが、18.1%の日本テレビ系『笑点』だった時には、テレビ離れの深刻さが遅まきながら囁かれた。これは週間1位としては史上最低の数字であり、これまでのワースト記録だった2009年4月末から5月初め週の、18.9%を下回っている。フジテレビ系列の産経新聞の紙面には、これは前代未聞の事態であり、よほどフンドシを締めてかからないと“回復”どころか“歯止め”すら覚束なくなる可能性があると、危機感に満ちた意見が載せられた。

こうした事態にもテレビ関係者は、「録画視聴が多くなったから」とか「若い世代は携帯やワンセグで見ている」ので、実際の視聴率はもっと高いのだと反論する。しかしいくつかのデータを見れば、それは非現実的な言い訳に過ぎない。昨年8月に総務省が発表した“情報通信白書”には、世代別の“テレビを見る時間”を過去と比較したデータがある。若い世代のテレビ離れは一目瞭然で、10代では、2005年に1日平均106分だった視聴時間が、2010年には70分と、わずか5年で3割以上も減っている。また、2010年3月のNTTコミュニケーションズのアンケート調査では、20代以下で“ほとんどテレビを見ない層”が14.7%という驚きの数字が明らかになった。“録画して時間のある時に見る層”も17.3%に過ぎず、“携帯やワンセグで見る層”に至ってはわずか0.5%に過ぎない。
つまり、若者たちはテレビ番組そのものを見なくなってしまったのだ。

視聴者のテレビ離れが着実に進んでいるにもかかわらず、不思議なことに民放キー局の2012年3月期決算は、震災の影響など微塵も感じさせない好成績のオンパレードなのだ。
日本テレビは売上高3,055億円、経常利益379億円と歴代2位の好成績を上げ、フジテレビは3,290億円を売上げ、経常利益は256億円にのぼる。視聴率万年4位のTBSでさえ、売上高3,465億円、経常利益121億円といった具合だ。こうした収益を支えているのが、各局の“副業”だ。
フジテレビは本業である放送収入は4%減なのに、シルク・ドゥ・ソレイユベルリン・フィル公演、映画『ステキな金縛り』などの副業が好調で、経常利益を押し上げた。それらの収益はすべて、公共の電波を使って宣伝を行なったことにより得られたものだ。他企業であれば、同じ宣伝効果を望めば何百万~何千万円の出費を強いられるが、テレビ局は電波にタダ乗りでやりたい放題。その手口は最近、ますます巧妙になっている。
とりわけ業績の好調な日テレとフジは、新たにドラマと連動した通販事業に本格的に乗り出している。松嶋菜々子主演の大ヒット・ドラマ『家政婦のミタ』(日テレ)内で主人公が使用したバッグや、小泉今日子主演『最後から二番目の恋』(フジ)に登場する食器など、劇中アイテムを自社ホームページの特設コーナーで販売するドラマ連動型通販ビジネスである。視聴率40%の『家政婦のミタ』のような大ヒット作を生めば、「自社でライツを有するバッグや本など関連グッズの売り上げだけで数十億円は見込める」(日テレ関係者)ばかりか、自社のその他の通販商品への波及効果も計算できるという。
震災に“便乗”して、東北の観光誘致や特産品販売フェアなどを積極的に行なったTBS赤坂サカスの累計来場者は2,800万人を超え(2008年3月オープン)、同社の不動産事業の収入は年間160億円と、いまや収益の大きな柱だ。
この手法を真似て、日テレは元本社跡地の麹町に高層ビル群を建設して再開発事業に乗り出す構えで、テレビ朝日も西麻布と六本木の超一等地を買い漁り、新本社や商業施設を建設する計画をブチ上げている。
電波を宣伝に流用し放題なのだから集客効果は抜群で、リスクのないオイシイ計画だ。これでは、いくら世間でテレビ離れが取りざたされていようと業績は上がっているのだから、当事者たちは事態の深刻さを実感していないのではないか。

テレビの現況は、日本映画(邦画)の黄金期から斜陽化していった過程を思い起こさせる。1950年代には、邦画は娯楽の殿堂としての不動の地位を占めていた。1950年代後半には、黒澤明溝口健二がヴェネチアやカンヌ映画祭でグランプリを受賞するなど、邦画の芸術性は世界的な評価を得た。1958年には観客動員数11億人強を記録し、1960年には邦画史上で最高製作本数となる547本を製作しピークを迎えた。しかしこの粗製濫造に加え、ハリウッドの娯楽大作を代表とする洋画人気の高まりや、1959年の皇太子ご成婚をきっかけに一般的に浸透したテレビに押され、壊滅的な打撃を受けたあげく、“駄作の代名詞”とまで酷評された時代もあった。
1970〜80年代の長い低迷期を経て、90年代になってやっと邦画への関心が高まり始めた。その要因としては、メディアミックスにより、ゲームや漫画などと連動した映画作品が増えたことや、製作委員会方式によるリスク分散の手法が一般化し、テレビ製作会社の映画事業参入が増加したことなどが、2000年代の邦画復活の布石となった。また、1950年代から遠ざかっていた国際映画祭での受賞作品もいくつか出たこともあり、マスメディアでは“日本映画のルネッサンス”という標語まで誕生した。そしてついに2006年には、21年振りに邦画の興行収入が洋画を上回った。

黄金期から長い低迷を経て復活した邦画の歴史には、テレビ復活のヒントが潜んでいるのではないか。
元毎日放送プロデューサーで、“テレビのゆくえ”などの著書がある同志社女子大の景山貴彦教授は、「経済的理由から番組を安く作り、すぐに視聴率を求めるという傾向がしばらく続いたため、最近のテレビ局の現場では番組作りへの熱の低さやあきらめが蔓延している。保身や惰性で番組を作っていることが、画面を通じて視聴者に伝わってしまうので、視聴率低下が続くのは不思議ではない」と指摘する。
黄金期から長い低迷を経て復活した邦画のように、テレビも一度“どん底”まで落ちる必要があるのではないか。その中で、“当たりそうな番組”ではなく“本当に作りたい番組”“視聴者に見せたい番組”が自ずと解ってくるだろう。
今こそテレビ関係者には、視聴率を無視して取り組む勇気を持って欲しい。それが、テレビ離れに歯止めをかける原動力になるのだから。