時代の気分 Market Scope vol.188 Dec. 2012  文:石丸 淳

贈り物の文化

実は人からモノを頂くのが苦手である。そしてそのことは人に贈り物をすることをも難しくさせている。自分の趣味が狭いのか、あるいはおかしいのか、それとも他人と合わないということなのか。何れにしてもせっかく頂いても、どうしたものか、と思ってしまうことが殆どである。
そんなことも、もしかすると父親の影響なのかもしれない。日本国中を仕事で訪れていた父親は、帰京する際に殆どの場合その地の役人、あるいは有力者などの見送りを受けて、その地の様々な名物をいっぱい手渡されたりする。
ところがあろうことか、ターミナルで見送りの人々と別れた途端、便所に駆け込み、頂いたお土産の類を全部置いてきてしまうのだ。きっとモノをもらうこともあまり好きではなかった上に、荷物が増えるのを嫌がったのだろうと思うのだが、そこまで潔くモノを捨てられる性格だけは、残念ながら受け継いでいなかった。彼の何でも捨ててしまう性格は、筆者の子供時代のものが今、何一つ手元にないということからも窺われよう。そのかわりに家は非常にシンプル且つ美しく保たれているといった体裁だった。

そんなにきっぱり捨てられる性格であれば特段、モノを頂くことが苦にならないかもしれない。それが出来ないから苦労する訳だ。とはいっても、それが仮に出来たとしても厄介なものもある。例えば神様系のもの。その人の宗教観、あるいはこちらの死生観とは全く無縁なところのものなどは始末に悪い。その昔、社員の一人がボリビアへ行った際に、現地の神様の人形を2体求めてきてそれを頂戴した。が、今も捨て切れずかつて事務所として使っていた某ビルの窓際に放置されたままだ。その他にもパワー・ストーンなどが放置シリーズとなっている。

神ではないにしても困るものは多々ある。食料品、嗜好品などはまだ良い(それでも自分が嫌いなモノだったりすれば悲惨ではある)が、例えば人形、赤べこ、さらには鮭を担いだ熊の木彫りとなってくると、ことは深刻になってくる。もっと辛いのは観光地などのご当地キャラクターなど、ゆるキャラの巨大ぬいぐるみを持ってこられた日には、置く場所だけでも頭痛の種だ。昭和30年代、モノのない時代はそれが喜ばれたのかもしれないが、そういった環境で育たなかったせいなのか、全く理解に苦しむ。

贈る側の論理としては相手の趣味に沿うより自分らしさ、つまりは自分のエゴであったり、どこそこの場所へ行ったからこれ、といった、あまり考えられたものではない例が多い。自分でそう感じれば感じる程、こちらから何方かに贈り物をすることの難しさで頭を痛めてしまう。それは殆どの場合、女性に対してなのだが、こちらの趣味を押し付けることにならないか、形に残らない方(消えモノ)が良いのか、その上で自分らしさを演出するのか、といったことを考えるだけで面倒臭くなり、思考停止に陥るのが常である。

贈り物は相手に喜んでもらえてこそだと思うので、それが自分の思い込みでズレていたら元も子もない。人の好みも千差万別。その相手をきちんと理解した上でないと大変難しいことなのだろう。だから贈るべき人というのが、自分にとって本当に大切な、そして良く理解できている人であるべきだと思うのだ。そういった相手でない限り、むしろモノを送ったりしない方が良いのではないか。自分の“気持ち”のこもらないプレゼントは、相手にとっても良い印象にならないこともあり得るだろう。

“気持ち”といえば、「日頃の感謝の気持ちを示すもの」という前提だった“中元・歳暮”が古来よりこの日本にはある。どうやらこれらは室町時代辺りから生まれたもののようだが、今や儀礼的なシステムとなってしまっている。百貨店などでは大きな売り上げのシーズンであるために、大々的な行事となっている。もちろんそれは経済に寄与はしているのかもしれないが、そもそもこういった考え方が、政治や役所を始め、いたるところに影を落としている感じがする。それは日本の闇の部分の基礎とでもいうべきところだろうか。

これでもかつて法人をやっていた際、一応世間の常識に倣ってみようと“中元・歳暮”にチャレンジしてみたことがある。出版社を営んでいたので、印刷所に箱を作らせて、飲食にまつわるちょっと珍しくオシャレなセットを組んでみたのだが、それはそれは大層知恵を絞ったものだった。その甲斐あって、尊敬するクライアントからは絶賛するお手紙を頂戴した。ところがそうなればなるほど、その次の生みの苦しみは大きくなり、それを考えることだけで大変なエネルギーを必要とするようになってしまった。
それとてクライアントの数が多いから、そのそれぞれの顔を思い浮かべてはいたものの、個々の趣味に思い至れた訳ではない。だが、自分たちの気持ちは伝えられたのではないか、とその時は思っていた。そう、でも結局それは自己満足でしかなかったのだ。だから長続きすることもなく、3度目を迎えてから先に続かなかった。もちろん経済事情にもその要因はあったのだが、少なくともそこまでのエネルギーを注入するモチベーションがなくなったということである。要は疲れてしまったのだ。

はや現代の“中元・歳暮”は、贈る側ももらう側も、それは惰性であったりおざなりであったりと、殆どの場合がそうなってしまっているだろう。相手のことを考える、自分の気持ち、感謝をどう伝えるのか、といったことが欠落している。であれば、ない方がよっぽど良い。何故贈ろうと思ったのか、その気持から考え直した方が良いように思う。例えば、どこそこの街に行って美味しいものに巡り会った、だからこれをあの人にも食べてもらいたいと思ったので贈ってみよう、といったことならとても自然ではないか。

そこに“気持ち”が表れている。そんなことが本当は一番大事なことではなかったのか。「贈ること」に限らず、ことほど然様に惰性で日々行っていることが結構身の周りにあるはずで、見直さなければならない。この国の政にも、特にそんなことが多いに違いない。国も人も、時代の要請によって変わっていかなければいけないことがある。そんなタイミングに、この国も、地球も、そしてそこに住む人々にも来ているのだ。

あっ!そうか、そしてそれは自分にも来ているのだったのだな。