時代の気分 Market Scope vol.192 Apr. 2013  文:石丸 淳

パンケーキ & ホットケーキ狂想曲

この2、3年、パンケーキがマイ・ブームとなっている。これまでトレンドとは程遠いところにいる自分が、珍しく世の中とシンクロしていることに驚くが、今回は世を挙げての大ブームのようだから、これまで長い間辛酸を舐めてきたパンケーキ・ファンにとっては嬉しい時代がやってきたというべきだろう。というのも、今世紀初頭(2002~3年ぐらいか)までに、いわゆるパンケーキを売りにしている店の殆どがなくなってしまい、ファミレスでさえそのメニュー数が絞られるなど、ファンとしては辛い日々を送っていたからだ。
パンケーキに限って言えば、1970年代の後半辺りから徐々に姿を消していったように思う。例えば銀座のソニー・ビルの地下中1階に建物が出来た時からあった「ソナックG」などがその代表で、都心では珍しいパンケーキ専門店であったと思う。その後も広尾の明治屋ビル(今の前のもの)の2階にあった店や、鎌倉の「ひげ」などが次々と消えて行った。「ひげ」は、マスターが季節のジャムなどを作っていて、なかなかに魅力的な店だったと記憶している。パンケーキに市民権がなかったせいか、不遇の時代を生き抜くことが出来なかった。
ロードサイド・レストラン、いわゆるファミレスで言うと、'80年頃から日本のスーパー「長崎屋」と提携してアメリカから進出してきた「IHOP(アイホップ)」(international house of pancakes)というのがあった。これが安いうえに大変美味しいパンケーキを供していたのだが、ファミレスの価格戦争に巻き込まれ、本来ならパンケーキとスウィーツ、オレンジ・ジュースが一押しであったにもかかわらず、380円のハンバーグやあろうことか“うどん”までメニューに載せる始末で、とうとう「長崎屋」の倒産と共に日本から姿を消してしまった。
もちろん「デニーズ」や「ロイヤル・ホスト」にもパンケーキはメニューに載っている。だがこちらも、一番シンプルなものだけの展開になって長い。つまり、好んで食べる人がそう多くないということなのだろう。当時「デニーズ」には卵(スクランブルかサニーサイドアップを選ぶ)とベーコンかソーセージを添える「グランドスラム・パンケーキ」というメニューがあったが、だいぶ前にメニューから無くなり、今はもう昔の話だ。「ロイホ」も事情は似たようなものである。

そんな中、パンケーキという名称で続けているのは帝国ホテル1階のコーヒー・コーナーである。現在は「パークサイド・ダイナー」と名乗っているが、それ以前は「サイクル」「ユリイカ」と店名やコンセプトも変わってきているものの、かれこれ約60年もパンケーキをメニューに載せている。小径のパンケーキを皿一杯に並べたシルバーダラー・パンケーキなどメニューも豊富で、有難いことにバターはホイップしたものが沢山付いてくるのだが、残念ながらベーコンや卵などのサイド・メニューは用意されていない。
2002~3年頃に、うっすらとパンケーキのブームがやってきたのは、何と言っても鎌倉と江の島の間、七里ヶ浜に「bills」が2008年に出来たからではないだろうか。オーストラリアからやってきた「世界最高のブレックファースト」と謳われた「bills」の人気メニューの一つにパンケーキがあり、当時はこぞってメディアで取り上げられていた。これはそれまでと比べると、リコッタ・チーズを生地に入れたり、焼き色もまだらに少し淡く仕上がっているタイプで、これが現代パンケーキの主流となった。
また、この数年で海外からの参入も多く、ハワイからやってきた「eggs'n things」や、ニューヨークからは「sarabeth’s」や「Bubby’s」などがあるが、これらも焼き色が少し淡く、しかも何となく姿形がだらしないのが特徴である。後発の国内ものにも少しこの系統が見て取れる。「sarabeth’s」は色も形も幾分マシだがバリエーションが少ない。「Bubby’s」にはグリドルという魅力的なパンケーキ・メニューがある。それぞれ一長一短だが、個人的にはたっぷりのバターとメイプル・シロップがあれば文句ない。さらに、ベーコンと卵があれば尚良い。

そんなことから日本のオリジナル・パンケーキの出店も相当数となり、こんな時代だからパンケーキ・マニアのサイトも沢山出来て情報もあっという間に交錯する。地道に何年もかけて食べ歩いている人のブログや、明らかに最近のブームに乗って食べ歩いている風情の人など様々ではあるが、“パンケーキ”で検索を掛けてみると面白い。一方でそのパンケーキ・ブームの恩恵に与っているのだろうか、ホットケーキ、特に昔からやっている老舗のものが再び脚光を浴びている。
そして筆者にはやはりそんなサイトで見た写真のインパクトが事の始まりだった。
“ホットケーキ”という響きはパサパサなイメージの記憶がある。父親がストーブの上でフライパンを操り焼いてくれたホットケーキは美味しかったが、どうも友達の家で出された類の記憶が良くないらしい。その当時('60年代)は、街中の喫茶店やデパートのレストランなどいたるところにホットケーキがあった。ただ、やはりホーム・メイドのイメージがあって、外ではケーキを多く選んでいた。だからその後も“ホットケーキ”をメニューに発見しても頼むことはなく、“パンケーキ”という言葉に対してのみ反応していたのだった。
ところが3年程前に、たまたまガール・フレンドが送ってくれたマニアのサイトにあった写真に驚いて、どうしても自分の目で見たくなり、食べに行かなければならない、と思うに至った。
◆ホットケーキアルバム
それが久々のホットケーキであり、何度目かのマイ・ブームの始まりだったのである。ところでどうやらホットケーキとパンケーキの明確な定義はないらしい。個人的にはホットケーキは厚くパンケーキは薄い、パンケーキはお食事バージョンがある、つまり甘くないメニューがあるというぐらいだった。
その店は板橋にある「ピノキオ」という喫茶店で、アップされていた写真のそれは、想像するホットケーキの厚みを遥かに超えて皿の上にそそり立っていた。写真ではスケール感が判り難いが、実際には径が小さく、恐れるような大きさではない。食べてみると、今までホットケーキを避けていたことを悔やむぐらい美味しいものだった。表はサクッとしていて中はもっちり、ふんわりしたホットケーキは、何とそのアピアランスの美しいことか。しかもその厚い側面は、セルクルなどの器具を一切使用しない匠の技と固い生地によって生まれるのだ。
いろいろ食べているうちにわかったが、この超厚手タイプも最近の流行で、ターミナル駅近辺に展開する「星乃珈琲店」や鎌倉の「イワタコーヒー」などが有名だ。しかしこれらの店ではセルクルを使って焼く。ミスタードーナツとモスバーガーのコラボレーションした「MOSDO」でも、この手のホットケーキを恵比寿1号店でメニューに加えて話題となったが、オーダーから30秒ほどで出てくる“チン”仕様では美味しいはずもなく、あっけなく3月にはコンセプト替えと相成った。何しろ厚手のものを焼くのには15~20分は掛かるのだから致し方のないことである。
もう一つ、東京ではホットケーキと言えば神田の「万惣フルーツパーラー」も有名どころであった。前述のトラウマのせいで、幼少の頃に数度食べたかもしれない程度の記憶だが、残念ながら東京都の耐震改修促進計画に本社ビルが引っ掛かって昨年、事実上の閉店に追い込まれている。だがそこはやはり名店万惣。多くのファンは、万惣のレシピを作った人がかつて万惣の支店として蒲田で営業を始め、今は「シビタス (CIVITAS)」と呼ばれる店や、梅ヶ丘で万惣の元従業員が最近始めた「リトルツリー」に行っている。
名店の流れを汲むものや老舗のものは、生地の作り方にかなり個性があって、それぞれの味を大きく左右していることもわかってきたが、残念なことにそこに胡坐をかいている店もある。美味しいお店はそこに至るまでにかなり研鑽を積んで特徴を作り、それがきちんと伝承されているということだ。有名店は新旧を問わず行列状態だが、そうしたことがこのブームで掻き乱されないことを願うばかりだ。
もちろんブームもあながち悪いことばかりではなく、広く認知され直すことで新たなファン(筆者におけるホットケーキのように)を生み、新たな商品開発のきっかけにもなる。
こうしてピッツァやハンバーガーに続いて筆者の“マイ・ブーム”となったパンケーキ & ホットケーキ。移ろい易い人々の国“日本”から、このブームが去らないことを祈るほかはない。

それより「IHOP」がまた日本へ戻ってこないかなぁ。どなたかこのブームの内に再び日本展開をお考えになりませんか? 今がチャンスだと思うのだけれど……。