時代の気分 Market Scope vol.193 May, 2013  文:貴田 マリ

インドいろいろ 其の1

今月から1年ほど、インドに本拠を置くことになった。21世紀の兼好法師を気取って、徒然なるままにインド事情を綴ってみたいと思う。

ここ数年インドは数学やITの先進国といわれ、東京のインド学校には日本人の入学希望者が殺到していると聞く。しかし多くの日本人はインドと聞けば、条件反射のように“カレー”を思い浮かべるだろう。そして頭にターバンを巻き、ひげをはやしたちょっと太目のおじさんとサリーを着た女性が、私達にとって最もインド人らしいイメージとして定着している。しかしインドに行ってみて、これが半分は正解、半分は誤りと知った。
デリーの街中やオフィスでも、女性のサリー姿は多く見かける。しかしターバンを巻いた男性は、少数派にすぎない。インドではターバンはひげと共に、シク教徒(あるいはシーク教徒とも呼ばれる)の象徴となっている。

シク教は、ヒンドゥー教と同様に輪廻転生を肯定している反面、偶像崇拝、苦行、カースト、出家は否定している。寺にこもるよりも、世俗の職業に就いて真摯に励む事を重んじているのだ。この教義のためか、富裕層が多く社会的に活躍する人が多い。
しかし、インドでシク教徒が占める割合はわずか2%弱に過ぎない。そんな彼らが海外で“インド人の代名詞”のように受け止められているのは、シク教徒の強い海外志向、つまり「外国で成功してやろう」という気概から生まれている。一説によれば、海外に定住しているインド人の1/3はシク教徒、つまり“ターバンを巻いている人”だといわれている。現にイギリスでは、ターバンを巻くインド人には、バイク運転時のヘルメット着用が免除されている。

敬虔なシク教徒は、髪、ひげ、眉毛などを“神から与えられたもの”として決して切らない。特に髪は人に見せてはならないとされているので、ターバンは腰まで伸びた髪をまとめる上でも欠かせない。ひげも10代前半から剃らず、長いひげをたくわえている。若いビジネスマンはひげが仕事の邪魔になるのか、整髪料のようなワックスで固め、耳から顎の廻りに巻き込み、更にピンで押さえている。シク教寺院のそばの雑貨屋では、そうして固めるための、プラスチック製で顎の曲線に沿った溝形のセット用器具が売られている。
ちなみにシク教徒の仕事仲間は、毎朝腰までの髪をまとめて6mのターバンで巻くのに20分、ひげを固める作業に更に20分はかかると言う。お洒落な彼は、毎日違う色のターバンで登場する。黒のジャケットに黒や深紅のターバン、白いシャツに鮮やかなグリーン、ピンクのシャツにピンクのターバンなど、ビジネスマンが毎朝ネクタイを選ぶ感覚のようだ。

そんな折、シク教の結婚式に招待された。
日本で結婚式といえば、1ヶ月以上前から招待を受け、ご祝儀を用意し、当日は遅れてはならないと緊張して出掛ける。しかしインドの結婚式は、ご招待を受けたのが前日(インド在住者ではない為もあるが)、お迎えの車も予定より1時間遅くなる等、リラックスした楽しい集まりだった。

会場は広大な庭園。
マリーゴールドと常緑樹で飾られた、生命力を象徴するかのようなゲートをくぐると、溢れる太陽の光の下、既に到着している招待客がおしゃべりを楽しんでいる。
# # # バーカウンターやブッフェ・テント、そして式場となるテントが点在する。

特にアナウンスなどはないが、そろそろ結婚式が始まるらしい。履き物を脱ぎ、男女共に頭を覆い、好きな場所に座る。ターバンやストールなどを持たない人々には、式場入口でオレンジ色の布が配られる。
式場の数段高くなった所には、新郎とその親族が座っている。そこに新婦とその姉妹や女性の親族が入場し、式が始まる。
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シク教の結婚式は、ターバンに“シーラ”と呼ばれる羽根飾りを付け、サーベルを下げた新郎が雌の白馬で登場するところから始まり、新郎の一族や友人達、そして楽隊が続く。昔は自宅から新婦の家までのパレードだったが、近頃では式場から一番近い角からに短縮されている。また、白馬ではなく白い車になる場合もあると言う。しかし短い距離にも関わらず、賑やかで陽気なパレードは、式への期待を高めてくれる。
式は、聖典“グル・グラント・サヒーブ”の前に新郎新婦が座り、“ラーキ”と呼ばれる奏者達がパンジャブ地方の伝統楽器を演奏するなかで始まる。数度のお祈りの後、新郎新婦が大版の布の端と端を持ち、“グル・グラント・サヒーブ”の廻りを4周する。不謹慎ながら、子供の頃に遊んだ“電車ごっこ”を思い出してしまった。
そして参列者全員に、シク教の聖餐“カラー・パルシャード”が一つまみ配られ、約1時間の式は終わる。ちなみにカラー・パルシャードとは、小麦粉、砂糖、バターと聖水で作った、とても柔らかい蒸しパンのようなもので、ほんのり甘く温かく、なかなか美味しかった。しかし掌に置かれ指で食べるので、食べ終わった手の始末をどうするのかと周りを見たが、皆さんハンドクリームでも塗るように両手をこすり合わせておしまい。私も「郷に入れば郷に従え」を実践。

文章を読むと厳粛な儀式を想像されるだろうが、式は親族も参列者も共にリラックスした雰囲気に終始する。参列者や親族の中座は勿論のこと、私語は自由、子供ははしゃいで飛びはねたり、式を横目で見ながらおしゃべりに熱中したりと、誰もが心から楽しんでいることが伝わってくる。
# # 厳粛で緊張感に包まれた日本の結婚式も素晴らしい。しかし、溢れる光と色に彩られたインドの結婚式は、インドの印象と同様、“人間的でたくましい”の一言に尽きる。
しかし文化や国は違えども、幸せに満ちた挙式の後の新郎新婦の笑顔は、万国共通のようだ。