時代の気分 Market Scope vol.195 July. 2013  文:貴田 マリ

インドいろいろ 其の2

5月と6月はインドの真夏。学校の夏休みも6月30日に終わり、二学期が始まった。

5月には人生初の40度台を体験したが、43度以上になると(大袈裟だが)世界が変わる:この43度ラインを実感するのは風。“爽やかな風”と言われるように、猛暑のなかでも風が吹くと快いものだ。しかし43度以上になると、その風は熱風に変わる。風が吹くと、巨大なヘアドライヤーの熱風を浴びている状態、更には自分が一本の髪の毛となってヘアドライヤーの熱風にさらされているように感じる。湿度は低いので、短時間であれば8月の東京よりしのぎ易いが、陽射しは強烈なので長袖が必須アイテムだ。半袖や袖無しで過ごせる夏は、“優しい夏”だと知った。
そして6月。インドでは一年で最も暑い月であり、48度から50度になる日もあるという。しかし今年の6月はモンスーンの影響もあり、50度の日がなかったのが幸いだった。しかし、例年より温度は多少低かったものの湿度が高く、5月の暑さにはケロッとしていたインド人達が、“Hot!”時には“Very hot!”と言うのを聞いて、人間の身体には暑さより湿度が堪えるのだと知った。

インドで初めての夏を体験し、先日読んだ英国の建築家、エドウィン・ラッチェンスの言葉を思い出した。ラッチェンスは、1912年に英領インドの首都をカルカッタ(現コルカタ)からデリーに移転する際、首都建設の主任建築家として起用された。それまでラッチェンスはインドには馴染みがなく、周囲からは新しい首都の街づくりをヨーロッパ式に、いやルネッサンス様式、あるいはイスラムやヒンドゥー的な要素を取り入れるべき等と、多くの意見が寄せられた。しかし彼はデリーの夏の暑さを踏まえ、建築物のみならず植栽にも重きを置いた計画を基に、現在でもデリー第一の観光スポットである、大統領官邸からインド門に続く官庁街の原型を創り上げた。
ラッチェンスは、1914年1月のインド・タイムズ誌のインタビューでこう語っている。「ここにウェストミンスター寺院を造ることはできません。フライパンの様に暑くなって、窓の鉛細工は溶けてしまうでしょう。また温度だけではなく、光があります。インドの光は暴力的とも言えます。」

さてここ数ヶ月、インドの夏以上にホットな話題といえば、インド市場への海外大手小売企業の本格的参入である。インド政府は昨年、海外投資を促すためマルチブランド小売の海外直接投資(FDI)の規制緩和を進めた。だが海外企業のインド進出の難しさは、アメリカのSUBWAYの例にも顕著に表れている。SUBWAYは2001年12月に第一号店上陸を果たして以来12年を費やし、ようやく今年5月に350店舗目をオープンさせた。このように、市場全体における近代的小売店の拡大速度は非常に遅い。
またインド小売市場の規模は約US$4,700億と言われているが、これは世界一の小売企業である米国のWalmart Storesの年商US$4,200億を多少上回っているに過ぎない。
広大な国土の割には小さな市場規模、インド国内のインフラの未整備、過酷な気候と頻発する停電、大都市での貸し手市場の賃貸物件(デリーでは通常9年契約で、3年毎に15%の賃料アップ)など、海外大手資本のインド参入には中国上陸以上の高い壁があるようだ。

中国についで世界第二位の人口12億人を有するインドには、大小を含め1,200万軒の小売店舗が存在する。それらはモダン・リテール(組織的小売)と、アンオーガナイズド・リテール(非組織的小売)に大別されている。後者にはキラナ(Kirana)、あるいはパパママストア(伝統的な小規模店舗/よろず屋)と呼ばれる個人や家族経営の店から、屋外の露店までが含まれる。そして2.5兆ルピー(約5兆円)といわれる小売市場の90%以上は、アンオーガナイズド・リテールで占められている。
# # アンオーガナイズド・リテール

モダン・リテールとは、企業が運営し、多店舗展開している大型ショッピング・センター、ハイパーマート、コンビニエンス・ストア等を指す。エアコンが設置され、快適な店内で衣料品や家庭雑貨、食料品、冷たい飲み物や電子レンジで温めたファスト・フード等を販売する小売店である。現在インドのモダン・リテールは小売全体売上の約5%に過ぎず、中国の20%、米国の80%に比べ、これから大幅な成長が見込まれている。
# # ショッピングモール
「SELECT CITY WALK」

# # TWENTY FOUR SEVEN CONVENIEVCE STORE

対するアンオーガナイズド・リテールの中でもパパママストアは、長年にわたり地域と密着したコンビニ的存在だ。道路に面しドアも無く、勿論エアコンも無いが、狭い空間に驚くべき数の日用品を揃えている。また数メートル毎に1軒とも言える圧倒的な数がインド全土を覆い、商品が埃っぽいことを除けば、日本のコンビニに勝るとも劣らない“コンビニエンス”を提供している。
# パパママストア

また街の木陰には本屋やタバコ屋の屋台、そして果物、スパイス、ジュースなどの移動屋台が軒を連ね、人々は日本人以上に“コンビニエンスな買い物環境”に慣れているようだ。
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インドには、日本で言う“デパート”はない。情報誌やネットでは、コルカタの“Treasure Island New A/C Market(エアコン/冷房完備を店名に盛り込んである!)”や“Shopper‘s Stop”がインドのデパートとして紹介されているが、いずれも衣料品中心の店舗であり、日本のデパートとは全く異なるもののようだ。
個人的な感覚では、“○○マーケット”や“○○バザール”と呼ばれるモダン・リテールとパパママストアの集合、あるいは露店の集合体に、日本のデパートと一番近いものを感じた。外観や売り場構成は似ても似つかないが、使い勝手や休日の賑わいは、日本のデパート全盛時代を彷彿とさせる。それぞれのマーケットやバザールは特色を持ちながらも、生活に必要な商品は揃っている。それに加えおやつや食事、ジューススタンドなどの飲食施設も備えている。
デリーでも、高級住宅街に隣接する“Khan Market(カーン・マーケット)”にはファッションや化粧品、雑貨など、最先端の国内ブランドの店やカフェが軒を連ねている。また食品ならスパイスや乾物、鮮度の良い野菜や肉を揃えた“INA Market”、衣料品や家庭用品は庶民的な“Sarojini Nagar Market(サロジニ・ナガール・マーケット)”や“Lajpat Nagar Market(ラージパト・ナガール・マーケット)”と、目的に合わせ使い分けができる。そして一番の魅力は、商品の回転率が高いこと、そして値切る楽しみにある。 # #
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地域密着型のパパママストアや、特色のあるマーケットやバザールが主流であるインド市場に、海外のモダン・リテールがどのような戦略で切り込んで来るのか?
ロジスティックの未整備、出店条件の厳しさ、定価に対する消費者の抵抗、そして圧倒的なパパママストアの数などに、海外企業のみならず、インド国内のモダン・リテール各社がどのように対応するのか?
さらに、卸業態やフランチャイズ形態などで既に参入している海外大手のWalmart Stores、CarrefourTESCOMETRO等と、国内大手のfuture groupReliance Industries LimitedSpencer‘sがどのような攻防戦を繰り広げるのか?
少なくとも今後3年は、インド小売市場の動向から目が離せないようだ。