時代の気分 Market Scope vol.197 Sep. 2013  文:貴田 マリ

インドいろいろ 其の3

7月、8月と続いた雨期も終わりに近づき、湿度は高いながら朝晩は凌ぎやすい日々が増えた。しかし雨が降ると道路は冠水し、交通渋滞がいたる所で見られる。通常なら20分で行けるところが、3時間掛かったりすることも珍しくない。 #

浅いプール状態を物ともせずに走る車、ずぶ濡れで飛ばすオートバイや自転車、そして物慣れた様子でザブザブと歩く人々の姿には、ただただ圧倒される。
そんな風景の中、歩道の一段高い所に悠然と立つ牛の姿には、崇高な気配さえ漂う。
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4月からのインド生活も半年目に入った。以前、インド通の日本人より「インドを見るには3ヶ月、知るには3年かかる」と聞かされた。またインドの知人からは、「外国人がインドを知るには、インドを一つの国としてではなく、ヨーロッパと同じように大陸として捉えると解りやすい」とのアドバイスを受けた。
日本の8倍強の広い国土は、北部のヒマラヤ山脈の麓の清らかな山村、西部のラジャスタン州など4州にまたがる砂漠地帯、年間を通し湿度の高い南部湾岸地帯など、多様な風土から成り立っている。そして、異なる人種・文化・言語を持つ12億(戸籍のない人も含めば14億とも言われている)の民が住む所を、国の概念で考えることは不可能だ。インドは28の州と7の連邦直轄地に分割される。この行政区画は地理的条件より、言語や民族による境界に根ざしているという。また言語ひとつ取っても、憲法で公認されているものは22だが、実際には方言まで含むと800以上の言語が使われている。

日本とは正反対とも言える環境に暮らし、ビックリしたり、戸惑ったり、面白がったりの日々が続いている。今回は、そんな中で垣間見た、デリーの“衣・食・住”に触れてみたい。

“衣”

インドに着いた初日にまずビックリしたのは、サリー姿の女性が圧倒的に多いことだった。
サリーは、6〜8mの布をプリーツを取りながらスカート状に巻き、残りを背中に廻し、肩にかけて前に垂らすというスタイルだ。口の悪いインド人男性に言わせると、インドの女性は年と共にサイズが大きく変わるので、サリーは経済的なんだそうだ。ちなみにインド人は、男女ともに30代以上はふくよかな体型が80%、若い女性もぽっちゃり系が60%以上のようなので、彼のコメントもただの毒舌ではないようだ。
サリーの着用スタイルは地域によって異なっていたが、19世紀後半から20世紀にかけてインドのナショナリズムが発達したなかで標準化され、国民的衣装としての地位を確立した。現在もサリーは愛用されており、街中では勿論のこと、オフィスでもサリーの女性が真剣な表情でパソコンを操作したり、ミーティングで発言する姿も珍しくはない。また、“サルワール・カミーズ”(日本では“パンジャビ・ドレス”とも呼ばれている)という膝丈のチュニックとパンツに、“ドゥパッタ(ストール)”を組み合わせた、3点セットのスタイルも一般的だ。洋服に例えれば、サリーがスーツ、サルワール・カミーズはスカートとブラウスと言えるだろう。色鮮やかな民族衣装に身を包んだ女性達が働く姿を見るたびに、素直にきれいだなと感じる。
# # インディラ・ガンジー元首相は、若い頃は洋服派だったが政治家になってからはサリー派に転向した。そして首相となってインド各地を遊説する際には、必ずその地方特産の布をまとい、これが人気の一因ともなっていた。
日本でも着物が女性の衣装の一選択肢として日常生活に定着したら、町の風景はより豊かなものになるだろう。

“食”

# インドの食事は、“ベジタリアン/Veg.”と“ノン・ベジタリアン/Non veg.”に大別される。レストランのメニューは勿論のこと、全ての食品にベジとノン・ベジ表示を明記することが法律で定められており、ベジはグリーンの丸、ノン・ベジは赤の丸が付けられている。
またスーパーの冷凍食品売り場でも、それぞれを専用ケースに入れている。こちらは法律で決まっている訳ではないが、ベジタリアンが嫌うので分けての販売になっているそうだ。
ベジタリアンが多いとは知っていたが、ここまで徹底しているとは想像外だった。国民の52%がベジタリアンであり、彼らは肉、魚はもちろんのこと、卵にも手をつけない。またニンニクや玉葱、きのこも避けるといった、よりストイックな人々もいる。しかしインドのベジタリアン・ディッシュは、日本の精進料理や欧米のものとは全く別物だ。“パニール”と呼ばれるチーズやヨーグルトなどの乳製品、様々な種類の豆がふんだんに使われ、タンパク源になると共に、料理にコクとうま味を与えている。
# # # デリーでは、油もバターやバターから作られる“ギー”が多用されるため、ベジタリアンとは思えないこってりした、美味しい料理が楽しめる。
ノン・ベジの人々にとっては、肉といえばまずは鶏肉、次いでマトンであろう。豚肉や牛肉、鴨肉などは、五つ星ホテルのレストランのメニューで見かける程度だ。現にインドのノン・ベジの中で豚肉を食べる人は25%、牛肉を食べる人に至ってはたったの5%に過ぎない。
ちなみにインドのマクドナルドでは、チキンバーガーとフィレオフィッシュがノン・ベジ、ポテトバーカー(いもコロッケを挟んだようなもの)とパニールバーガーがベジ・メニューとして提供されている。日本のビッグマックにあたる2層のチキンバーガーには、“Chicken Maharaja Mac”という豪華なネーミングがつけられている。

“住”

インド人にとって“右手は清浄な手、左手は不浄の手”である、と聞かれた方も多いだろう。私自身も言葉としては知っていたが、この言葉にリアリティーを感じたのはインドで生活するようになってからだった。
コンビニ関連のプロジェクトに参加しているので、インドにふさわしい商品構成を考えるため、インド・チームから生活必需品のリストを出して貰った。日本と重なる商品も多々あったり、日本では全く必要でない物も含まれていたりと、ライフスタイルの違いが解る有意義な資料だった。しかしリストの最後まで行っても、トイレットペーパーがどこにも無いのだ。
日本人からすればあまりに当たり前なので、うっかり忘れたのかと思い確認したところ、「必需品ではない」と明快な答が返ってきた。この答で、それまでのトイレに関する疑問は一気に解けた。
インドの女性用トイレの個室には、インドネシアなどでも見受ける小型のハンドシャワーのようなものが壁際に設置されている。地方などでは、蛇口の下のバケツの水に手桶の場合が多い。つまり、昔からの手動式ウォシュレットが、現代の都市生活においても主流となっているのだった。だからトイレットペーパーは、どこに行っても日本の1/3ほどの細いロールか、特大のマッチ箱より一回り小さいティッシュケースに少量のティッシュ、という状態でも問題ない事、でも洗面台に備えられている液体ソープと手ふき紙は、常に補充されていなければならないのだと。
そしてインドの気候や環境を考えれば、紙より水の方がはるかに清潔を保てるのかもしれないと思った。やはり現代まで生き残っている生活習慣や様式は、それぞれの場所に最も適した合理的なものなのであろう。