時代の気分 Market scope vol.199 Nov. 2013  文:貴田 マリ

インドいろいろ 其の4

インドは宗教に寛容な国であり、人々の生活は宗教と深く関わっている。
インド発祥の仏教、ヒンドゥー教やジャイナ教。ヒンドゥー教にイスラム教の長所を取り入れたシク教、外来のイスラム教やキリスト教、その他にもバラモン教、ゾロアスター教、ユダヤ教など、多様な宗教が共存している。その中でも最大の宗教は、人口の8割以上を占めるヒンドゥー教だ。ヒンドゥー教は、バラモン教から聖典やカースト制度を引き継ぎ、そこに土着の神々や崇拝様式を取り入れながら、徐々に形成されてきた多神教である。宇宙を創造・維持するブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの三大神を中心に、ヒンドゥーの世界には3億以上の神々が存在する。日本の八百万の神も顔負けだ。そして神々が多ければお祭りも一神教に比べ、はるかに多く多彩になってくる。

日本のお祭りは秋に多いが、インドでも10月から11月初旬がお祭りシーズンだ。三大祭りの中の“ダシェラ”と“ディワリ”も、この間に相次いで行われる。
ヒンドゥー教のお祭りは、ほとんどがヒンドゥー教の古い暦(太陽暦と太陰暦を組み合わせたもの)にのっとって行われるので、年ごとに日付が変わる。ダシェラのお祭りは10日間続き、そのうちダシェラの前9日間は、“9日間の夜”を意味する“ナブラットリー”とも呼ばれる。ナブラットリーの間、多くのヒンドゥー教徒は一日一食にし、日中は水と果物だけのセミ断食を続け、ビジネスの女神に“プージャ(お祈り)”を捧げる。そして10日目のダシェラの夜に、英雄ラーマと戦った3人の悪魔ラーヴァナ、クンバカルナ、インドラジットの張りぼて人形を、爆竹や花火とともに盛大に燃やし、ダシェラは終わる。

ダシェラが終わるやいなやインドの人々は、光の祭とも呼ばれているディワリの準備に取りかかる。ディワリはヒンドゥー教で一番大きなお祭りであり,その準備は大仕事だ。まずは大掃除。ついでに家の修理や、ペンキの塗り替え。そしてバザールで求めた飾りものや電飾で、家の外や中を飾る。
ディワリの一ヶ月ほど前からバザールは、買い物客でごった返している。飾り物に加え、男性や子供は洋服、女性はサリーやパンジャビ・ドレスを新調し、靴も新しいものを揃える。ディワリは新しい服を着て迎えるのが習わしとなっている。

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写真/買い物デー、サリー選び

まさに一昔前の、日本のお正月風景を彷彿とさせる。お祭りには、“ミターイ(甘いお菓子)”が欠かせないので、お菓子屋さんも大繁盛。バレンタイン・デー前の、日本のチョコレート売り場のような光景が繰り広げられる。商店にとって10月後半は、最大のかき入れ時だ。

今年のディワリは、11月3日。この日は家中の電気を一日つけたままにし、多くの家庭では家中のドアを開けたままにする。そうすれば、お金の神様“ラクシュミー”が家にやってくる、と考えられている。そしてあたりが暗くなった頃、儀式が始まる。まず陶器にギー(動物性油脂)を入れ、綿をよって芯にしたものに火を灯し、家の内外に置き、富と幸福をもたらす象神“ガネーシャ”と、お金の神様 “ラクシュミー”にプージャを捧げる。
プージャが終われば、お楽しみが待っている。食事をし、お酒を飲み、カードゲームをしたり、花火や爆竹を鳴らしたりと一晩中盛り上がる。友人や親戚同士で集まることも多く、この日ばかりはギャンブルも暗黙の了解となっていて、けっこう大きな額がやりとりされることもあるらしい。お酒やギャンブル、また明かりが灯され、窓や戸が開け放たれていることもあって、昔からディワリの夜は泥棒も多いそうだ。泥棒にもラクシュミーが訪れるらしい…。

ダシェラとディワリの間には、イスラム教の大祭“イード・アル=アドハー/犠牲祭”もある。その名の通り、犠牲を捧げる祭だ。全能の神アッラーに自分の一番大切な物を捧げるお祭りで、預言者アブラハムが息子のイシュマエルを犠牲として捧げた故事にならっている。ヒツジやヤギ、牛などを犠牲としてほふり、肉を自分の家族や近隣の人々、貧しい人々に分け与えるのだ。
インド最大のイスラム寺院“ジャーマー・マスジッド”のあるオールドー・デリーでは、イードの数週間前から大きな広場に巨大な山羊市が出現し、市に出される山羊と、買われて帰る山羊、そして人でごったがえしている。

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写真/買われた山羊たち

数限りない山羊が集まっているにもかかわらず、鳴き声がしないのが何とも哀れなだ。

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写真/メヘンディ

このいかにもイスラム的なイードとは対照的に、“カルバチョート”と呼ばれるロマンチックなお祭りも10月に行われる。
これはヒンドゥー教の既婚女性が、夫の長寿を祈って断食を行う伝統儀式である。この日、妻は日の出前から月が出るまで一滴の水さえ口にしない。月が出たら断食は終わるが、食事前に月に向かって水を手向け、プージャを捧げる。カルバチョート前日には、女性達は手に植物染料ヘナで、幸運を招くとされる“メヘンディ”を書いて貰う。
当日はお化粧も念入りにし、華やかな赤やピンクのサリーやパンジャビ・スーツに、アクセサリーもしっかり付けて着飾る。地域によっては、近所の女性達が集まって神話を読み、カルバチョートの意味を胸に刻みながら、夫の長寿を願うそうだ。
カルバチョートはもともと、インド北部のパンジャブ州やその周辺の州で、ヒンドゥー教の既婚女性によって行われてきた。しかし最近は、独身の若い女性や、ヒンドゥー教以外の女性達にも広まりつつあるようだ。
きっかけは1995年に公開され、インド本国では4年ものロングランで一世を風靡した映画“Dilwale Dulhaniya Le Jayenge (邦題;シャー・ルク・カーンのラブゲット大作戦〜花嫁は僕の胸に)”だった。ボリウッドを代表する俳優シャー・ルク・カーンと、女優カジョール共演の作品は、今でもロマンチック映画の代表作に挙げられ、1998年の東京国際ファンタスティック映画祭でも上映されている。家族の反対にあいながらもお互いへの思いを貫く男女の物語で、このカルバチョートが非常に効果的に使われていた。カジョール演じる女主人公が、好きになった男性を思って断食する。すると、彼も彼女のことを思って断食していたことが分かる。このシーンがインド全土の女性のハートをわしづかみにしたのだった。

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写真/Karwachoth2

今年のカルバチョートは10月22日だったが、私のいるオフィスでも、21日は若い女性スタッフは既婚、未婚を問わず終業時間ピッタリに、近所のメヘンディ屋に飛んでいった。翌朝は、いつもの姿とは打って変わり、カラフルな伝統衣装に身を包んだ女性たちで、オフィスが華やいだ雰囲気に包まれていた。
またこの日は、プージャの支度があるということで、女性スタッフは半日で帰ることができる。しかし実際には途中で女子会をしたり、夜のプージャのためにさらに念入りに着飾る時間に充てているようだ。
夫のために精一杯着飾り、朝5時頃から水一滴すら口にせずに月を待ち、月に夫の長寿を祈ってくれる妻を持つインドの男性達は、なんと幸せ者なのだろう! せめて10月22日の月でも眺めてください。

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写真/10月22日の月(立待月)