時代の気分 Market scope vol.205 May, 2014  文:貴田 マリ

インドいろいろ 其の7

3月末の東京出張からデリーに戻ったら、すでに季節は夏!
空港ビルから一歩踏み出した瞬間、これから3ヶ月の暑い暑い夏を思いウンザリしたのも束の間、車が市街を進むにつれ、夏の暑さにも負けないほど“熱い”選挙戦が繰り広げられているのを目の当たりにした。今回の総選挙で優勢が伝えられている最大野党、インド人民党(BJP)の次期首相候補ナレンドラ・モディの巨大看板が次々と現れるのだ。“角を曲がればモディがいる”と言っても過言ではなかった。

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BJPは昨年12月の州議会選挙では、政権与党である国民会議派(INC)の議席数を4州全てで上回り勝利を収めた。しかし、庶民党(AAP)の躍進に阻まれ、過半数には及ばなかった。10年ぶりの政権奪還を目指すBJPは、西部グジャラート州で驚異的な経済成長を成し遂げた、次期首相候補のモディを前面に押し出す戦略をとってきたが、それが一段と加速しているようだ。モディは同州首相としてタタ自動車米フォードマルチ・スズキなどの大企業を相次いで誘致し、グジャラート州に、インド全体を上回る2ケタの州経済成長をもたらした。モディ支持者たちは、彼を、決断力があり思い切った政策をとる、強いリーダーシップを持った経験豊富な政治家と評している。デリー首都圏州では支持率90%という驚異的な数字とも聞いた。
彼の人気は首都デリーのみならず、選挙期間中の4月24日、立候補届けを行ったガンジス川沿いのヒンドゥー教の聖地バラナシ(ウッタル・プラデッシュ州)でも明らかだった。行く先々で数千の人々の熱狂的な歓迎を受け、それを伝える新聞の写真からは、文字通り“立錐の余地もない”さまがうかがえた。

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ちょっと横道に逸れるが、インドでは、一人の候補者が複数の選挙区から立候補することができる。但し、複数の選挙区で当選した場合は一つを選び、当選を辞退した選挙区では、その議席が再選挙で争われる。複数区での立候補には多額のお金がかかるが、地元に加え、離れた選挙区や最激戦区で当選することで、全国的な支持の高さを示す目的が大きいようだ。今回の選挙でモディは、彼のお膝元であり州首相を務めるグジャラート州と、80議席を有する最大選挙区ウッタル・プラデッシュ州での勝利を、国民の圧倒的支持の証として、内外に知らしめることを狙っているのだろう。
ちなみにデリー首都圏州は、7議席しかない小さな選挙区である。

昨年12月の州議会選挙でその低迷ぶりを曝し、戦略の練り直しを迫られた国民会議派(INC)は、副総裁を努める43歳の若手、ラフル・ガンディーを次期首相候補に擁立し、必死の巻き返しを図っている。その名からも推測できるように、インドで“ネルー・ガンディー王朝”と呼ばれている名門の、四代目御曹司である。初代首相ネルーを曾祖父、女性首相として人気を博したインディラ・ガンディーを祖母、インドのIT立国を推進したラジーヴ・ガンディーを父に持つ、超サラブレッド。そして母のソニア・ガンディーは、イタリア生まれにもかかわらず、現与党INC総裁として活躍している。そんなラフル・ガンディーには、“温室育ち”“経験不足”などの批判が度々聞かれ、ある政治評論家からは「演説の歯切れが悪く、特筆すべき政治的発想もない」とまで酷評されてもいる。
そんな逆風の中、ラフルの妹プリヤンカ・ガンディー・ヴァドラの大活躍が、毎日のように新聞紙上を賑わせている。彼女は政界入りこそしていないが、以前より全国遊説に忙しい母や兄に代わり彼らの選挙区の演説を引き受け、その歯切れの良い演説と、自ら群衆の輪に飛び込む親しみ易さ、そしてその面立ちからも“インディラ・ガンディーの再来”として、農民や村の婦人など重要な票田でカリスマ的人気を集めていた。本人もこうした点を意識し、インディラ・ガンディーと同様のショートカットに(年齢に関わらず90%以上のインド女性はロングヘアー)、しばしば祖母インディラ形見のサリーを着て遊説をしている。彼女の活躍が、どの程度INC逆転勝利の推進力となるのかも興味深い。

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5年に一度のインドの総選挙は、有権者数と国土の広さ、投票期間の長さから“世界最大の選挙”と言われている。今回の有権者数は、前回2009年から約1億人増の8億1450万人。アメリカ合衆国の総人口の2倍以上だ!最新の国勢調査では、有権者の65%が35歳以下と発表され、この巨大な若年層の取り込みが大きな鍵となっている。
投票日も4月7日の北東部のアッサム州などを皮切りに、最大議席を占めるウッタル・プラデッシュ州の5月12日までの9回に分けられている。
そして5月16日に全国一斉開票となり、結果はその日の内に決まる。

今回のデリー首都圏州の投票日は4月10日。その日はお決まりのドライデー(禁酒日)と覚悟していたら、総選挙では投票終了の48時間前からのあしかけ3日間だった。理由は、貧しい層の票を安酒1本で買収することを防ぐためだそうだ。
数日前から新聞は、BJPのモディ次期首相候補の広告と選挙関連の記事で埋め尽くされ、会社の若者たちも選挙を楽しみにしている様子が見て取れた。
投票当日は学校や会社は休み。商店やショッピング・モールも夕方からの営業。見慣れた交通渋滞の面影もない静かな街に、銃を持った警官ばかりが目に付く、ちょっと見慣れぬ光景だった。
しかし一番ビックリしたのは、投票日の朝刊だ。日本でいえば、朝日・読売・日経のような大手新聞の一面が、BJPの一面広告で埋め尽くされていた。

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新聞記事も含め、この数日の選挙への盛り上がりは、インド国民の政治への関心の高さというより、陽気でお祭り好きなインド人が総選挙を全国的イベントのノリでとらえている、というのが正直な印象だ。

せっかく5年に一度の総選挙に居合わせたのだからと、投票場になっている近所の小学校に出掛けたら、銃を持った警官が入口を固めていた。

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投票場の外のみ入場OKの許可をもらい校庭に入ると、打って変わりノンビリとした光景が広がっていた。木陰に設けられた受付デスクで有権者証明書と名簿の照会が行われ、本人確認が終れば右手の人指し指の爪に印を付ける。これは、同一人の複数投票防止だ。

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急ぐ様子もない有権者たちの列は会場の外まで伸び、外では家族を待つ子供達の遊ぶ姿が見られた。

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投票は記名ではなくタッチパネル方式で、投票したい候補者のボタンを押すそうだ。読み書きが不自由な有権者が多い国ならではの方法である。

翌日の新聞発表では、デリー首都圏の投票率は約68%!!
前回より10%以上の伸びを記録していた。投票率の下落や、若年層の無関心が続く日本の選挙からは、想像を絶する数字だ。

インドの選挙を垣間見ただけだが、たとえイベントのノリであれ、候補者を選ぶ理由が何であれ、国民が投票したくなる選挙とは、有権者を惹きつける信頼と魅力にあふれた立候補者たちなしには成立しないものだと痛感した。

そんな候補者達が揃う選挙は、日本でいつ実現されるのだろうか……。
生きているうちかな……。