Market Scope Back Issues

ビューポイント

text by 宮副謙司

  1. 新しい家電
    — 身の回りにある新たな価値の創造 —
  2. 顧客価値から考えるマーケティング戦略
  3. ポジショニングマップとイノベーション
  4. ライフライン型小売業の将来
  5. トイザラス日本市場20年と小売業の国際化
  6. 最近の食品の新製品開発とマーケティング戦略
  7. 地域活性化のマーケティング
  8. 地方菓子メーカー「たねや」の地域活性化
  9. 雑誌の新たな動き
    — 小売・情報発信の機能を超えて —
  10. 顧客マーケティングの新段階
    — 「ソーシャルCRM」の時代にやるべきこと —
  11. ECサイトのマーケティングに学ぶ
  12. “B to B”企業のマーケティング戦略
  13. スポーツマーケティング
  14. MBA学生は何を目指すのか?
  15. 地域活性化のマーケティング
    — 新たな視点での捉え方と取組みの目標
  16. 新しい製品コミュニケーション戦略
    — トヨタ「アクア」の取組み事例を中心に
  17. 病院と企業のコラボレーション
  18. マーケティングチャネルの再考
    — メディアチャネルと小売チャネルの融合が生み出す変化と可能性 —
  19. 店舗のあり方・何を揃え、何を見せるのか
  20. 郊外・地方SCに慣れたファミリーの消費研究
  21. メイカーズ:新しいモノづくりとマーケティング
  22. 地域活性化手法での高付加価値マーケティング
  23. エンゲージメント・マーケティング
  24. IKEA研究
  25. 渋谷の将来
  26. 食が生み出す経験価値とイノベーション
  27. 展覧会考 — 最近の展覧会を見て思うこと —
  28. 新しいメーカーと小売の関係
  29. 最近の消費動向にみる「個人的な」分析
  30. 正しいグローバル・マーケティング戦略
  31. 米国ポートランドにみる地域活性化の最新展開
  32. 自分で考え問題解決するMBA
  33. 地域活性化 — 地方での起業家研究

インドいろいろ

text by 貴田マリ

時代の気分

View Point Market Scope vol.168 Apr. 2011  文:宮副 謙司

新しい家電 — 身の回りにある新たな価値の創造 —

最近、気になることがある。ネスレの「ネスプレッソ」ブティックが百貨店の家庭用品売場にあることだ。とは言いながら、銀座松屋では地下1階の食品フロアにブティックがある。

「ネスプレッソ」は、コーヒーのカプセルを、専用の器具(マシン)に入れてコーヒーを淹れて飲む製品である。コーヒーのカプセルは食品であるし、淹れる器具は家電製品でもある。このような製品特性から、あるところでは家庭用品フロアに、また別の店舗では食品フロアの取扱となっているのである。

「ネスプレッソ」は、食品か家電か

「ネスプレッソ」のイノベーションは、欧米を中心にコーヒー市場の競争環境を大きく変えるほどのインパクトがあるものだった。カプセルとマシンを組み合わせるというシステムの先進性は、新たなコーヒー市場を切り開いたと言ってよい。プリンターとインクの様な2つの要素で成り立つ製品である。しかもマーケティング戦略も、ブティックを出し、消費者に商品を体感できる場を提供してブランドを育てるというもので、その戦略は、まさにスティーブ・ジョブズ氏がCEO(最高経営責任者)に復帰した後のアップルが取った戦略と酷似していた。アップルの場合は、2001年米国ニューヨークに「アップルストア」の1号店を出店するが、その後のiPodやiPhoneの発売で、消費者が実際に店舗で商品を体験できるという戦略が、新たな商品コンセプトとブランドを消費者に認知させる上で大きな役割を果たしたのだった。

2000年、ネスプレッソのブティック1号店はパリであった。パリはエスプレッソの文化が根付いているとともに、世界へのブランド発信地だからである。消費者はブティックに来て、そこでネスプレッソの理念と精神を体験し、ラグジュアリーな雰囲気の中でエスプレッソを楽しめる。この直販店舗が、カプセルを使うという新たなコンセプトを消費者に浸透させ、ネスプレッソをプレミアムブランドとして成功させる起爆剤となった。「ネスプレッソ」は現在、全世界で190店舗以上のブティックを展開しており、売上の約3割はこうした店舗での販売によるものだ。

2000年に2億スイスフランだった売上高は、それ以降、年平均で約30%と驚異的な成長を続け、2010年は30億スイスフランに届く勢いだという。このネスプレッソの成功は、欧米のコーヒー市場をも変えつつある。1杯ずつカプセルなどでコーヒーを入れる“ポーションド・コーヒー(Portioned Coffee)”と呼ばれる市場は、金額ベースで2000年は微々たるものだったが、2009年には欧米コーヒー市場の19%まで拡大している。ネスレは、2015年までにさらに25%まで伸びると見積もっている。cf.1

まだまだある「新しい家電」

このような「新しい家電」はまだまだ事例が身近にある。パナソニックの「マッサージソファ」は、リビングに置くことを想定したようなソファのデザインのマッサージ機であるが、消費者にはソファ(家具)として打ち出した「新しい家電」である。しかも、ソファーカバーはユナイテッドアローズとのコラボレーションによりデザイナーズギルドのファブリックを楽しめ、また個々人のニーズに合わせてカバーを着替えることができるというのは、通常のソファ以上の機能である。

任天堂「Wii」もゲーム機であるが、画面はテレビモニターであり、最近では通販会社の千趣会とコラボレーションし通販の端末としても機能する「新しい家電」である。(また同じくパナソニックの自動パン焼き機「ホームベーカリー」はどうだろう。ホームベーカリーは家電で、それに使うパンミックスは食品であるが、両方ともパナソニックが発売している。「ネスプレッソ」とは全く逆のパターンである。)携帯電話のスマートフォンも、電話という機能に留まらず、カメラ、テレビ、パソコン、計算機、スケジュール管理など様々な機能を持つ「新しい家電」と言うことができる。そうしてこの様な新しい家電がこのところ消費者の人気を得て、ヒット商品になっているのである。

価値創造の事例としての「新しい家電」

消費者のソリューションへの対応というコンセプトが、従来のメーカーの領域を超えた製品化を生んでいると言ってよい。パナソニックのマッサージソファは、家庭の中における「癒し」や「くつろぎ」を提供するというコンセプトを掲げマッサージかソファかを超越した価値を提供している。またネスレは自ら「コーヒー・ソリューション・プロバイダー」への進化を目指すと言っている。このように、消費者の生活を高めるコンセプト、ソリューションへの対応が、新たな価値創造となっているのである。

楠木(2010)は、価値創造について、2つの軸で整理できるとしている。縦軸は「顧客の購買決定のカギとなる価値次元の可視性」である。横軸は顧客にとって購買決定のカギとなる価値次元として従来からその製品に含まれる既存の価値を追求するのか、それとも新しい次元へシフトするのか、に注目している。その中で価値次元が転換し、可視性の低い価値次元での差別性を同時に実現する価値創造を「カテゴリー・イノベーション」と呼び、特に注目している。ソニーの「ウォークマン」(1979年)はその古典的な例であり、近年の例としてアップルの「i Pod」をあげている。

ウォークマンは新しい音楽の楽しみ方を捉えたコンセプトと、それがもたらす「場所を選ばず、どこでも音楽を楽しめる」という経験に価値創造があるとしている。また「i Pod」は、供給側にあった音楽ソフトの編集をユーザー側に移動させたことに価値創造があるとしている。

価値次元の可視性は性能や価格などで分かりやすい。しかし、次元が変わるというのは、理屈では分かるが、実際の製品開発ではそれを簡単には目指せない。むしろ、消費者の生活ソリューションにどう対応するか、素直に捉えて対応する製品開発を行うことが、結果として価値次元を超えること、すなわちカテゴリー・イノベーションに至るのではないだろうか。これまで見たような「新しい家電」が、家電か食品か、家電か家具か分からないという既存のカテゴリーを超えた、すなわち従来の価値次元を超えていることこそ注目されるのである。

マーケティング・コーディネーションでの価値創造

しかも新しい価値創造の方法、すなわち、新しい価値をもつ製品の生み出し方として注目されるのは、カテゴリーを超える製品を創造するのであるから、既存の業界から見れば、いくつかの業界がコラボレーションして新たな価値創造を行うことになるということだ。パナソニックのマッサージソファでは、家電メーカーとファブリックデザイナーのコラボレーションによって新たな価値が生み出された。ホームベーカリーもよりおいしいパン、より多様なパンづくりを楽しむには、パナソニックによるパンミックスでなく、パン製粉の食品メーカーとのコラボレーションが重要かもしれない。携帯電話では東芝「レグザ」の機能がdocomoやauのスマートフォンとコラボレーションして活かされている。

ある企業が、消費者の生活ソリューションに対応するコンセプトを生み出し、それを実現するためにこれまでにない業界の企業とコラボレーションする、「マーケティング・コーディネーション」という活動が、消費者が期待する新たな価値創造に重要な方法であり、近道の方法と言えるのではないだろうか。


注釈

cf.1:ネスプレッソについては、大竹剛(2010)の記述を引用している。

参考文献

  • 大竹剛(2010)「ドル箱商品「ネスプレッソ」はこうして生まれた(上)・(下)」
    日経ビジネスオンライン「大竹剛のロンドン万華鏡」
    (上)2010年8月23日掲載、(下)2010年8月24日掲載
  • 楠木健(2010)「イノベーションとマーケティング」
    JAPAN MARKETING JOURNAL 119号,pp.50-66.