Market Scope Back Issues

ビューポイント

text by 宮副謙司

  1. 新しい家電
    — 身の回りにある新たな価値の創造 —
  2. 顧客価値から考えるマーケティング戦略
  3. ポジショニングマップとイノベーション
  4. ライフライン型小売業の将来
  5. トイザラス日本市場20年と小売業の国際化
  6. 最近の食品の新製品開発とマーケティング戦略
  7. 地域活性化のマーケティング
  8. 地方菓子メーカー「たねや」の地域活性化
  9. 雑誌の新たな動き
    — 小売・情報発信の機能を超えて —
  10. 顧客マーケティングの新段階
    — 「ソーシャルCRM」の時代にやるべきこと —
  11. ECサイトのマーケティングに学ぶ
  12. “B to B”企業のマーケティング戦略
  13. スポーツマーケティング
  14. MBA学生は何を目指すのか?
  15. 地域活性化のマーケティング
    — 新たな視点での捉え方と取組みの目標
  16. 新しい製品コミュニケーション戦略
    — トヨタ「アクア」の取組み事例を中心に
  17. 病院と企業のコラボレーション
  18. マーケティングチャネルの再考
    — メディアチャネルと小売チャネルの融合が生み出す変化と可能性 —
  19. 店舗のあり方・何を揃え、何を見せるのか
  20. 郊外・地方SCに慣れたファミリーの消費研究
  21. メイカーズ:新しいモノづくりとマーケティング
  22. 地域活性化手法での高付加価値マーケティング
  23. エンゲージメント・マーケティング
  24. IKEA研究
  25. 渋谷の将来
  26. 食が生み出す経験価値とイノベーション
  27. 展覧会考 — 最近の展覧会を見て思うこと —
  28. 新しいメーカーと小売の関係
  29. 最近の消費動向にみる「個人的な」分析
  30. 正しいグローバル・マーケティング戦略
  31. 米国ポートランドにみる地域活性化の最新展開
  32. 自分で考え問題解決するMBA
  33. 地域活性化 — 地方での起業家研究

インドいろいろ

text by 貴田マリ

時代の気分

View Point Market Scope vol.175 Nov. 2011  文:宮副 謙司

地方菓子メーカー「たねや」の地域活性化

近江八幡市は、滋賀県中部、琵琶湖の東岸に位置する人口8万人の地方都市である。 そもそもは豊臣秀次が築いた城下町で、近江商人の発祥の地である。JR近江八幡駅から少し離れたお城に近いエリアには古い城下町の街並みが残っており、「伝統的建造物群保存地区」として保存されている。 街としては、倉敷(岡山県)の美観地区に似ているともいえるが、倉敷のような観光色の強い環境演出ではなく、日常的な(生活が営まれている)感覚での古き良き日本が息づいている街といえる。 また、近代の建築家として有名なウィリアム・ヴォーリズが住んだ町でもあり、街の至る所に彼が設計した洋館が残るところでもある。
この近江八幡の江戸時代の城下町の風情と、明治の洋館がうまく溶け込んだ街の資産を活かして、街づくりを行っている企業が、ご当地の老舗菓子メーカーの「たねや」である。
(1872年創業、1972年「株式会社たねや」設立。)

たねや(近江八幡)の「日牟禮ヴィレッジ」

近江八幡城下町の伝統的建造物群保存地区の中心にはお城のある山に登るロープウェイの駅があり、これが「日牟禮(ひむれ)八幡宮」がある宮内町という地区である。 その八幡宮の鳥居から参道に入ると、すぐに八幡掘という堀を橋から見るかたちになり、その堀沿いの民家や小道は時代劇のセットのような家並みで、一気にタイムスリップしたような感覚になる。
参道を入り右手3軒目の商家風の建物が、和菓子「たねや」の店舗である。さらに参道の反対側、左側には駐車場があって少し参道から離れたところに赤レンガの洋館が立っており、それが「CLUB HARIE(クラブハリエ)」の日牟禮館である。 和洋それぞれのブランドのフラッグシップ店であり(当然ここだけでしか売っていない限定商品を含む)、飲食施設も併設し、店舗の環境演出にもこだわった観光型店舗だ。2店舗でまさに「村」を形成し、「日牟禮ヴィレッジ」と名付けられている。
(2000年にたねや、2003年にCLUB HARIE(クラブハリエ)が完成した。)

たねやたねやの外観

「日牟禮ヴィレッジ たねや」は、折々の季節に応じたしつらいも美しく、古風な町家造りの落ち着いた空間が広がっている(写真1)。 店内は土間づくりで広い売場になっていて、「日牟禮茶屋」という喫茶も併設されている。
(栗ぜんざい735円など喫茶から、食事では「せいろ蒸し膳」2,100円と3,150円、季節のうどん935円まで)

CLUB HARIE(クラブハリエ)

洋菓子の「CLUB HARIE(クラブハリエ)」のフラッグシップで、こちらも豊富な品揃えに加え、バームクーヘンを作る過程が見られるガラス張りの工房があり、多くの人で賑わっている(写真-2)。
クラブ・ハリエの外観参道の反対側には、赤煉瓦の洋館「CLUB HARIE(クラブハリエ)日牟禮館」がある。 店舗の裏には、四季の花々が楽しめる「日牟禮ガーデン」があり、日常を忘れ、ゆったりとした気分に浸れるくつろぎの空間となっている。 またそこにもガーデンテラスの喫茶があり、焼き立てバームクーヘン475円、コーヒー、フレーバーティなどが楽しめる。
さらに建物2階は、「日牟禮サロン」というスペースになっており、ベテランのパティシエの指導のもと、お菓子づくりの楽しさを満喫できる「お菓子教室」を開催している。 数々の賞を受賞した同社のパティシエの賞状が壁一面に飾ってある。

来場者の客層

「日牟禮ヴィレッジ」の来店客の客層は、和菓子の「たねや」と洋菓子の「CLUB HARIE(クラブハリエ)」で違っている。 和菓子の「たねや」は、圧倒的に杖をつきながら歩く年配者で、喫茶では通院している病院や先生の話題でもちきりだ。洋菓子の「CLUB HARIE(クラブハリエ)」は車利用のファミリー、女性層と客層が分かれている。 家族や団体で和菓子(商家)と洋菓子(洋館)の双方を買い回って楽しめる形になっている。店舗駐車場の車のナンバーを見ると滋賀・京都・大阪・和歌山などの近隣各府県が多いようだ。

たねやの地域活性化の事業開発

たねやは、この近江八幡の「日牟禮ヴィレッジ」以外にも、同じような観光拠点型店舗を滋賀県内に彦根、守山、八日市などにも展開している。 (1998年開設の彦根「美濠の舎」がこのような観光拠点型店舗のスタートのようだ。)和と洋での環境演出を伴った店舗開発で街おこしを行っているといえる。 「たねや」「CLUB HARIE(クラブハリエ)」の出店は東京・横浜・名古屋・大阪・神戸・福岡などの百貨店の「デパ地下」にも広がっており、全国でその知名度が高まっており、 お菓子を通じて「たねや」「CLUB HARIE(クラブハリエ)」に接した顧客が、その本店のある滋賀県のいい感じの江戸時代の村のような店や、 イングリッシュガーデンのある洋館での喫茶体験をしたくなってヴィレッジを訪ねるという流れになれば、観光拠点としての効果も高まることになる。
たねやは、この観光拠点型店舗以外にも様々な事業、活動で地域活性化を試みている。例えば菓子職人(技術者)の養成スクール「たねやアカデミー」(1998年設立)を持っていたり、 店舗の環境演出に欠かせない季節の花々を供給する「たねや農場愛知川農園 愛四季苑」(1998年設立)、近江商人の歴史を研究する「たねや近江文庫」というNPO(滋賀大学との産学協同研究を発展させた活動)などである。
同じく滋賀県にある菓子メーカー「叶匠寿庵」(大津市)が、大津市郊外にある山里に「寿長生の郷(すないのさと)」という梅林など山の自然を楽しめる公園を開発し、 そこでお菓子を買え、喫茶を楽しめる観光拠点を設け「地域開発」を行っている。しかし、そこは、最寄りのJR石山駅から車で30分もかかる山間に位置し、しかもその園内は徒歩で回遊するようになっているが、 上り下り起伏も多い砂利道で、主要ターゲットと思われるお年寄りの女性層が散策するのは、広すぎるし、歩くのは難しい。 これでは、せっかくの施設や施設運営の人件費もまかないきれないだろう。こうした点でも「たねや」の戦略的優位さが際立つのである。 

製品戦略「付随機能」の差別化を超えて

菓子業界の視点で見ると、滋賀県の和菓子メーカーは、隣接する京都の和菓子メーカーのブランド力があまりに強すぎで、従来はイメージが希薄だった。 そこで、京都ブランドに対抗する差別化として、マーケティング理論でいう製品の3階層の最も外側の「付随機能」の差別化に取組み、叶匠寿庵の「寿長生の郷(すないのさと)」や、 たねやの「日牟禮ヴィレッジ」という環境演出ということになったと解釈できる。
また別の観点、競争戦略の観点からみるとさらに興味深い。すなわち、たねやの商家を活かした和の環境創造、洋館とイングリッシュによる洋の環境創造は、 いずれも先にそれを手掛けた企業以外がそのポジションを占めてしまえば、後発は同じことをしてもそのエリアではなかなか難しい。 先行してイメージを形成してしまった企業がまさに先行優位なのである。つまり、滋賀県では、たねや以外の和菓子屋も洋菓子店も同様の戦略はとれないということになる。


参考文献

  • 『商いはたねやに訊け-近江商人山本徳次語録』山本徳次(2003)毎日新聞社。