西武百貨店時代 その2

そして、渋谷店の店長に……。
新館開発を任された抜擢でした。そこで生まれたのが、ご存じのSEEDやLOFTです。
これから市場が成熟化期に入る時代に、百貨店が今までどおりでは存在できないかもしれない、特に地域二番手、三番手の店は……。 ということで「専門大店」— 大型の専門店複合店舗を目指すという考えの実現でした。
「SEED」はデザイナーの壁を超えたコーディネートを目指すオリジナリティを持ったセレクトショップ。「LOFT」は東急ハンズと違い、ひとり遊びが出来るオトナの遊び雑貨のセレクトショップを目指しました。
これは得難い経験でした。ことにロフトづくりでは新しいモノこだわりの店を作るために、それまでの中途半端なプロではなく、社内社外から公募をするなど、初めて尽くしの挑戦でした。
また渋谷店長の経験をもとに、「新時代の商人とは何か?」を問う本「ネオアキンド・ノオト」という本も上梓しました。これはロングセラーになりました。
そんな渋谷店で楽しく仕事をさせてもらっている内に、本部商品部の担当を命じられます。愛着のある渋谷店からは去りがたい気分でしたが、社命とあってはやむを得ず、本社に……。

それ以降は、西武の抱えていた経営上の本質的問題に立ち入らねばならない立場になってきます。専務、社長と立場を変えながら、それまで経営の陰に隠れていたさまざまな問題を明るみに引き出しました。体力を超えた採算性のとれない開発案件をことごとく中止。どうしても中止が間に合わなかった神戸店の出店だけをなんとか実現しましたが、これも残念なことに1994年に閉店させることになってしまいました。
こうした一応のリストラの目処が立ったところで、後を新体制に委ねて代表取締役を辞任しました。
私が社長になった途端に発覚した社員の不祥事。これが苦労の始まりだっただけに、これからの企業のコーポレート・ガバナンスのあり方について改めて研究したいと思ったことが直接のきっかけでした。
周囲もこのわがままを許してくれました。

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